第176話 中二悪魔
「──で? アスタロトさんは何の目的でアビゲイルさんに憑いてるの?」
「ふふん。この女を不幸にし、街を不幸にし、イギリスを不幸にし、やがて世界を不幸にする! ワシにはその力がある! 怯えよ! 小僧!」
「ふーん。バカバカしい」
アビゲイルはこちらをにらむと、横にあった電気スタンドを陽太に向けて飛ばした。陽太は避けようともせず、それを思い切り顔で受けたために、スタンドは壊れて床に落ちた。
「はははははは。ざまぁない! さっさと出て行け!」
陽太の額からは血が出ている。
だがそのまま。彼女の目を見つめる。
「ん? 治って行くだと……?」
陽太の魔法は傷をも癒やす。陽太は皮肉たっぷりに笑った。
「多少、超能力が使えるだけでいい気になるな?」
「はぁ?」
「ホントの悪魔の力、思い知らせてやろうか?」
「な、なに!?」
陽太は彼女の顔を睨みつけて立ち上がる。
それにアビゲイルの顔は引きつる。
すでに魔法の力合戦は陽太に軍配が上がったようなものだが、陽太はダメ押しに床を指差し叫んだ。
「グラシャラボラスよ! 来たれ!」
とたんに、床が青白く丸く光る。それは魔方陣の形。グラシャラボラスを喚び出す魔法の言葉を意味していた。
床が震える。辺りが揺れる。部屋はますます暗くなり、魔方陣だけが光りを放っている状況。怯えるアビゲイルの前に、魔方陣の中央からいつもと違う格好のグラシャラボラスが現れた。
金髪の頭には二本の大角、黒い貴族の服にたくさんの勲章をぶら下げ、背中には鷲の翼がある。
グラシャラボラスは、部屋の主人であるアビゲイルが喚び出し人と信じて疑わなかった。
彼女を一瞥し、貴族らしく笑う。
「ふっふっふ。なんのようだ。人獣の牝よ。私は忙しい。さっさと契約の内容をいえ。誰を殺したいのだ。オマエの親か? 教師か? 聖職者か? 共にその肉を食らい、その魂を私に捧げよ!」
アビゲイルは余りの恐ろしさにベットの上でブルブルと震えていた。
それを見てグラシャラボラスさらに笑う。中世ではこのようなやり取りが悪魔と魔術師の間でされていたのであろう。悪魔の喚び出しとは、契約だ。ハッタリが強いものの方がより報酬を多く得ることができるのだ。
グラシャラボラスはそのセンスがかなり多かったのである。
「はっはっはっは! 怯えておるな。小気味いい。覚悟もなく呼び出すとはいい度胸だ。このまま八つ裂きにしてやる!」
手を大きく上げてアビゲイルに今にも襲いかからんといったところで陽太が声をかける。
「あの~先生?」
グラシャラボラスに聞き覚えのある声。彼は肩を揺らし、恐る恐る陽太の方へ向く。
目と目が合うと、グラシャラボラスは顔を真っ赤にして壁に貼り付いた。
「わ! やだ! ヒナタ公! ワー! キャー! 恥ずい! ワタクシ、中二……」
「いやー。大変盛り上がっているので声をかけるのが遅くなりましてね。スイマセン。忙しいのに呼び出して」
「いえ……。大丈夫ですけど……」
「この娘にこの前に剣技見せてやって下さいよ」
「ああ、お安い御用ですよ」
そう言っていつもの顔に戻ったグラシャラボラス。腰をかがめて小さく駈け寄り、陽太の耳元でささやいた。
「これがくだんの浮気相手ですか?」
「違うよ!」
「まぁまぁ、内緒にしておきますよ」
「違うって。悪魔はすぐに耳で不徳をささやく」
「おやおや。違いましたか」
アビゲイルには何が起こったか分かっていないが、彼らの不思議な友好的な雰囲気に顔の筋肉を緩めた。
グラシャラボラスが剣の構えをすると、その腕の周りには光輪が現れる。陽太は魔法で宙にリンゴ現すとグラシャラボラスの光輪はガトリングガンが発射されるような音を立ててリンゴの形をまったくなくしてしまった。
アビゲイルはまた驚いて、壁に体を貼り付ける。
「ダメ押しに、魔獣化してやってください」
と陽太が言うと、グラシャラボラスは一回転。そこには翼をはやした黒い大きな犬。これがアビゲイルに向かって大きな口を開けて咆える。
アビゲイルはもう声も出なかった。
「ありがとうございました。勉強になりました」
陽太が頭を下げると、グラシャラボラスは笑い声とともに床に消えて行った。
陽太は、怯えているアビゲイルの方を向く。
「どう? これが悪魔の本当の力。アスタロトなんてこれ以上さ」
彼女はコクコクと高速でうなずいた。
「君の今までの人生は不幸だったのかもしれない。超能力はいつからついたか分からない。でも、未来はもっと長いんだ。悪魔に憑かれたなんて考えはやめて未来に向かっていきなさい」
「は、はい……」
陽太は彼女の手を取った。その優しい手の温もりにアビゲイルは驚く。
「え?」
アビゲイルが驚いた声を上げたその瞬間、陽太たちは部屋から消えた。




