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第17話 漫画を読む

二人が歩き出したその時。

シャーン。シャーン。と、僧侶の持つ錫杖の音が聞こえた。


「なんだろ」

彼奴あやつではないのか?」


明日香の視線の先を見ると、四国巡礼をするような格好の男が遠くに立っていた。

編み笠を上げて明日香を凝視している。

すかさず、口元に二本の指を当ててなにやらゴニョゴニョと口を動かしていた。

そんなことお構いなしに二人が僧侶の横を通り過ぎようとすると


「またれい」

「え?」


「キミ。こっちに来なさい。キミのそばにいるものはこの世のものにあらず」


その僧侶は、陽太の腕を掴んで、自分の元に引き寄せる。

そして何やら呪文を唱えだした。


陽太は焦った。明日香は呪文に弱い! この僧侶は何か気付いたんだ。と思った。


僧侶は呪文が唱え終わったと思うと


「喝!」


と大きな声で叫びながら二本の指を明日香に向けた。


明日香は。


平気の平左だった。


そしてキョトンと不思議そうな顔をして


「おじさん、なんなの? すごい迷惑なんだけど」


というと、僧侶は陽太を抱えて二、三歩後ずさりした。


「しからば!」


また指をクロスさせて何かわからない呪文を唱える。


「ええい! オン・アビラ・ウンケン・ソワカ! 喝ーッ!」


またまたキョトンとしている明日香。

陽太の方に近づくと、僧侶は驚いてさらに数歩後ずさった。

明日香は僧侶のことを気にせず陽太の手を引いた。


「帰ろっか?」

「う、うん」


僧侶は陽太が一緒に行くのを止めた。


「なぜだ? なぜ効かん。キミ! その女と一緒にいてはいかん! 女に見えて女ではないのだぞ?」


明日香は真っ赤な顔をして振り向いてキッと睨んだ。


「失礼な人!」


普通の女の子がこんなことをされたらこんな風に怒るだろうというような見事な演技だった。

僧侶から離れてしばらくして、明日香は大笑いしだした。


「はっはっはっはっは! 人間の中でもなかなか大したヤツがいるもんだ」

「そーだね。やっぱりバレたのかなぁ?」


「いやいや、バレてはおるまい。漠然と直感で感じたのであろう。あのものに大した力はない。だがなかなか不思議なヤツだ。これはもうちょっと気持ちを引き締めんとな。タマちゃんと一緒にいて気が緩んだか?」

「どうだろ? 何なんだろうね? あの人。しっかし、アスカのとぼけた演技もすごいなぁ」


「で、あろう。はっはっはっは」


得意げな明日香を見て陽太も微笑んだ。

明日香が来てから不思議な事件が多い。彼女が作るトラブルも多いが、助けられたことも大きい。明日香がいてくれて良かったと陽太は改めて思うのだった。


明日香は部屋につくと、また空中から分厚い本を取り出して、イスに寄りかかりながら読みだした。

時折来る前野からのラインに微笑みながら返信しているようだった。


陽太もベッドに転がって漫画を読み始めた。

めずらしく陽太が本を手に取ったので明日香は興味を持ってそれを眺めていた。


「ほう」

「なに?」


「ずいぶんと賑やかな装丁ではないか。なんだ。その本は」

「ああ、これ? 漫画だよ。漫画」


「なに、マンガとな!?」

「知ってるの?」


「一向に。なんだマンガとは」


陽太はベッドの上でズッコケた。


「まぁ日本が誇る文化の一つかな? マンガといえば、いろんな国から評価は高いよ?」

「ほうほう。どれ、貸してみよ」


陽太は、自分が読んでいるものの第一巻を手渡した。

明日香はそれを手に取り、広げると一笑に付した。


「は! なんだこれは! 本末転倒ではないか!」

「本末? なにそれ? どういう意味?」


「お前たち人獣は、もともと絵を描いてメッセージを伝えていた。そこから簡略化して文字というものを作り、単語を作ってメッセージをより高度にしていったわけだ。ところがどうだ! これを見るに、絵が文字を使用して居る! これでは何が何だかさっぱり分からんではないか! 絵を見せたいのか? 文字を見せたいのか? まったく人獣とはあさましきものよのー!」

「いやいや、そう言うんじゃないでしょ。顔の表情とか。周りの風景とか見てみなよ。いろんな情景が分かるでしょ?」


アスカはペラペラとページをめくって


「こんなもの、なにが面白く読むのかのぉ?」


ペラ。


「珍妙じゃ。珍妙」


ペラ。


「浅ましい。浅ましい」


ペラ。


「人獣というものは」


ペラ。


「…………」


ペラ。


「まことにもって」


ペラ。


「…………」


ペラ。


「とるに足らない」


ペラ。


「…………」


ペラ。


「…………」


ペラ。


アスカは、パタンと一巻目を閉じた。


「はー。なんてことがない話だ」


「あれ?」

「ウウ」


「泣いてるの?」

「くだらん」


「ああ、そう?」


陽太は、明日香が読んだものを本棚にしまおうとすると、


「あの。二人がこしらえた農具はどうなる? あの畑はどうなるのだ?」


陽太は心の中で笑ってしまった。さんざん毒づいていたわりに気になって仕方ないらしい。


「じゃ、二巻を見れば?」

「貸せ!」


明日香は陽太の手からすばやく二巻をむしり取ると、イスにもたれながら読みだした。

陽太は次巻を渡すのが面倒くさいので、机の上に今ある全巻を置いてやった。


明日香の方からヒッヒッヒッヒとすすり泣く声が聞こえてきたと思えば、キャッキャッキャッキャと無邪気に笑う声が聞こえたり、「腹が立つ!」と声を荒げたり、喜怒哀楽が忙しい。


「おや?」

「どうしたの?」


「続きはどうした?」

「あれ? 全部読んだの? まだ出てないよ」


「出ていない? 出ていないとはどういうわけだ!」

「わ! 目から稲妻が!」


明日香の目から閃光がほとばしる!

陽太はベッドの上でそれを器用に避けた!


「では、これは完結していないとそういう訳か?」

「そうだよ。そういうもんなの!」


明日香は楽しそうに微笑んだ。


「では、明日が楽しみだな!」

「なんで? 新巻は明日出るわけじゃないよ? 新聞じゃあるまいし」


明日香はイスから立ち上がって腕組みをした。


「はぁ? なぜだ! 明日だせぃ! これは厳命である!」

「何言ってんの? 地獄だったらそれで通じるかも知れないけど、そんな勝手がきくわけないでしょ? 1ページ書くのだってどんだけ時間がかかると思ってんの?」


「なんとしたことだ! なんとしたことだ! 浅ましき愚かな人獣は満足に完結もできんのか!」


かなり興奮している。陽太は器用に慰めた。


「いいじゃない。次がまた見れる! って思うそういう楽しみがあれば、毎日が楽しいでしょ?」


「ふむふむ。うむ。たしかにそうだ」

「そうでしょ?」


「なるほど。なるほど。次回への楽しみか。面白い。待つ楽しみとはいいものだ。タマちゃんとパンケーキの店に並んだが、あれと同じようなものだな。はっはっは」


明日香は物分かりが良い。

いばりんぼうだが、陽太がこうして説得すると大抵わかってくれる。


さすが、地獄の大君主だ。

こういう人に仕えるネビロスなどはやりがいがあるだろうなぁ。と陽太は思った。

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