第168話 逃げちゃおう
明日香を筆頭に宴席に戻ると、ネビロスが立ち上がって、明日香の君主としての立ち居振る舞いがいかにダメなのかを演説している真っ最中であった。
「……戦争も怖いけどこっちも、怖い」
陽太は明日香の影に隠れて席に進むが、その明日香も小さくなって自分の席に座った途端、ワインをがぶ飲みして酔った振りをした。
サルガタナスはそんな明日香から目を逸らさない。明日香は目を合わさないようにしていたが重い言葉が宴席に響く。
「砲撃しましたね?」
「ヒナタ卿が見たいというから仕方なく……」
「おいおい。オレのせいなの?」
「地上は大地震で大騒ぎですぞ?」
「まぁ、人獣がどうなろうと……」
明日香の言葉が終わらないうちにサルガタナスは激高して叱り付けた。陽太も席の上で縮こまる。
「よいわけないでしょう! それで、天国側が感づいてこちら側に攻め入ってきたらどうします? ええ、ええ。一戦も辞さない。それはそれでよいでしょう。ですが我々と力はほぼ均衡しておる状態でもしも負けたら? 陛下の悲願はどうなります?」
「そうですか。すいませんね」
「まぁいいでしょう。目出度い席に免じて本日はこれで勘弁して差し上げます」
「将軍の慈悲深さはまるで天使のようですなァ」
悪魔の将軍であるサルガタナスを天使にと皮肉る。それは悪魔に対する最大の侮辱。
またネビロスとサルガタナスにギロリと睨まれるが、明日香はそれを避けるように酔った振りをしてテーブルに突っ伏した。
陽太はこの場所から逃げたくなって、明日香の細腕を掴んで立ち上がらせた。
「あの……すいませんね。言って聞かせますんで……どうかご容赦下さい。オイ。アスカ。帰るぞ」
そう言われて明日香は元気に顔を上げて最後の足掻きとおどけて見せる。それはネビロスとサルガタナスへの最後の抵抗だった。
「はーい。では諸君らごきげんよう。大公爵様の指示のもと解散して下さーい」
二人は手を繋いで自分たちのアパートに逃げるように瞬間移動した。
陽太はため息をつきながら貴族の服をクローゼットにかけていつものラフな格好に。
明日香もいつもの黒いワンピースへと装いを変えるとばったりとベッドに倒れ込んだ。
「あー疲れた。老人たちの相手は疲れる~」
「ホントだよ。でもアスカもすぐに挑発するんだもん。見てるこっちはハラハラ」
「はっはっは。愉快痛快だ」
「オレを含んだ公爵以下の身分の人達はみんなドン引き」
「ナベリウス卿は寝たふりしてるし、レラジェ卿は飲み続けてるし、ウァレフォル卿なんて一番席が近いから、もうあの顔……。思い出してもたまらん」
「プフ……」
「はっはっはっは。あれが我々の国だ。楽しかろう」
「うん。楽しかった。三伯爵がうまく立ち回って。上手だね。あの三人は」
「まーな。堕天してからずっと仲が良い三人だ。だが仕事もできるぞ。近々、魔力の器の底を広げる方法を知らせにくるであろう」
「そーだ! 魔力。たしかに、アスカに比べてすぐ枯渇すると思ってたんだよ……。エムピーが足りない! そーゆーことかァ」




