第167話 金戦車
それから、さらに長い廊下を歩き、中庭に出たかと思うと空を飛び、大きく口をあけた窓があるバルコニーに着地。
そこは大きなホールになっているが、中央にとてつもなく大きな四角い箱のようなものに金の車輪が6輪ついているものがある。
その車輪の周りには大きな円錐のトゲが何本もついており今まで見た地獄の戦車よりも異様を放っていた。
「こ、これが戦車……」
「さよう。今回はヒナタ卿の他に三伯爵たちも特別に乗せてやろう」
三人の伯爵たちはガッツポーズを決めた。まだ乗ったことがなかったのであろう。
戦車に近づいた明日香が手をかざすと、四角い入り口が現れた。
陽太たちは明日香に続いてそこに入ると中は広々として、イスも整然とたくさんおいてあり、中央にはテーブルがあって、その上には地球儀やら将棋の駒らしきものなどの道具も置いてあった。
三伯爵たちも興味深そうに見学していたがグラシャラボラスが声を上げる。
「ほー! ここは! ここにルキフェル陛下がお座りになるのですな!」
「まぁ、座ったことはないがな。軍議もできるようになっておる」
今まで何度か出て来たルキフェル皇帝。いわゆるルシファーと言う元天使長の堕天使。
陽太は息を飲む。そんな大悪魔達が乗り込んできたら、自分はどうすればいいか見当も付かない。
小さくなって縮こまっていた。
「卿たちはその辺に座れ。ヒナタ卿はこちらに」
明日香に案内されたところには革張りの二人がけのイス。
この戦車の中央部分であろう。
そこに二人が座り込む。
明日香は目を閉じて背もたれにもたれかかった。
「これ、どうやって動くの? 動力は……」
「……手を握れ」
「あ。う、うん」
明日香の上に向けられた手のひらに陽太はそっと自分の手を添えて指の股に自分の指を組み入れ柔らかく握る。
すると頭の中に、周りの風景が浮かんで来て、戦車内も明るくなった。壁が半透明になり、360度見渡せるようになったかと思うと戦車自体が少し浮いた。
「発進……ッ!」
明日香が小さくつぶやくと戦車は本格的に舞い上がり、城を発進してゆく。空を駆ける戦車だ。その速度はものすごい。
もしも、前に天使の軍隊が並んでいても戦車に打ち当たって倒されてしまうだろう。陽太も興奮して声を上げる。
「すっげぇ!」
大公国の中央から東に向かい、グルッと領内を旋回してまた城の中に。戦車は空中で方向転換したかと思うと見事な車庫入れ。元の場所に着地した。
「うわぁ! 驚いた!」
「こんなもんだ。ヒナタ卿も運転してみるか?」
「いやぁ免許ないし」
「ふっ。この戦車を運転できる資格のあるものなのに勿体ない。そこにいる三伯爵だってこの戦車を浮かすことは出来んのだぞ?」
「そ、そうなの?」
「そうだ」
「な、なんで俺なんかが……」
「さてのう。余の心臓が埋まっているからか? それとも天性の素質か」
陽太は明日香に言われて背もたれに寄りかかって明日香の手を握る。頭の中に大公国の風景が浮かぶ。戦車は浮き、やがて走り出した。明日香ほどではないがそれなりのスピード。おっかなびっくりなのか旋回するのはかなりの減速。明日香はそれを鼻で笑う。
「笑うなよぅ……集中が途切れるだろ?」
「ふふふ。スマン。ふふふふふ」
やがて城の中に戻り、数度旋回するものの着地するときは少しズレてしまった。それを明日香は自分の魔力で補正する。
「ぐぁ~! また魔力使った。疲れ半端ない」
「ふふふ。では回復しよう」
二人は座席の上で抱き合う。
陽太は明日香の肩の上に顔を乗せてしばらく喘いでいたがそれも落ち着いてくる。魔力は完全に回復された。
陽太はこの巨大な戦車を運転したことに感動し声を上げた。
「これで敵の中を飛び回って攻撃するんだね? すごいや!」
「ん?」
「違うの?」
「……それは下っ端の仕事であろう。余の戦車はそんなには動かん。砲撃もできるしなぁ」
「え? 砲撃? 大砲はどこ? た、弾は?」
「ああ、見るか?」
相変わらず壁は半透明で外の風景が見える。明日香が念じると戦車から8つの黒い球が現れてクルクルと回転した。
「あ、あの弾が飛んで行くの?」
「いや、あれは魔力の増幅装置だ。ホイ」
と、明日香がピンポン球状の魔力を込めた弾をその中央に放り投げると、8つの球からビガビガと音を立ててイナズマが走った。
「発射!」
と叫ぶと、ピンポン球状の弾は、ものすごい勢いで飛んで行き、地底の天井に大きな音を立てて命中した。余りのことに陽太は目を覆う。
「ふふん。あれだけで地上の都市一つは壊滅出来るぞ。やってみるか?」
陽太は腰を抜かしていた。
しかしその砲撃をヤンヤヤンヤとはやし立てる三伯爵。
「やーい! 天使たち! いつでもこーい!」
「いいぞぉ! 殺戮伯爵~♪」
「鏖にしてくれるわー!」
楽しそうだが、天使と悪魔の戦争になったら人類絶滅なのだ。
好戦的な姿勢に戦慄が走り冷や汗をかく。
しかし彼ら悪魔にとっては当然のことなのだ。
「以上、軍事演習の一切を終了する」
と明日香が言うと戦車の壁は元通りの壁となり、室内の明るさも暗くなっていく。明日香はマントを翻して皆を率いて戦車を出るが、陽太は一人いつまでも戦争が起きずに平和であることを祈っていた。




