第165話 平和がいいなぁ
ネビロスは自慢の口ひげをしゃくる。
「そういうことです。ここに並み居る貴族たちもみな閣下に忠誠を誓い、閣下から爵位を与えられているもの」
「そ、そ、そ、そうなんですね」
グラシャラボラスもイポスもナベリウスも……。
しっかりしたネビロスもサルガタナスもこの明日香に忠誠を誓ったものなのだ。ネビロスの方が偉い感じだ。明日香に心酔しているとは思えないと、アルコールに酔いながら思っていた。
「ちなみに、私は地獄帝国に於いては少将の官に付いてます」
「え? ネビロスさんも帝国の重役なんですね……」
ネビロスが階級を示す階級章を指差して見せるがそれもよく分からない。続いてサルガタナスも階級章を指す。
「私は将軍。旅団長」
「だから牢番もサルガタナスさんを将軍って言ってたのか……」
それにあわせて明日香は立ち上がってクルリと回ると軍服姿。胸には輝く大きな勲章。襟には階級章があるが二人と違って更に装飾がある。
「余は元帥であるぞ!」
「す、すげぇ。けど元帥ってなに?」
せっかく決めた明日香だが、その言葉に多少グラつく。落ち着きを払ったネビロスが代わって答えた。
「元帥は軍事における上位二位です。総帥がいて元帥がいる。大将、中将、少将がそれに続きます」
グラシャラボラスも、少し離れた席から声を上げる。
「もしも天国と一戦ある時は、ヒナタ公は大閣下の戦車に便乗するんですよ」
天国と一戦。大閣下の戦車。
よく分からない言葉がまた出て来た。そして物騒極まりない。
だが明日香もその言葉に指をならす。
「うむ。そりゃ夫婦だからな。そーだ。あとで戦車を見せてやろう」
「は、はい……」
こんなにみんな楽しそうで平和っぽいのに、帝国は天国と戦争する。たしかに天使たちは悪魔を憎んで、恐ろしい力を持っていた。明日香たちも本気を出せばあれを簡単に打ち破れるのだろう。しかし陽太は怖い。戦争の二字が怖くて仕方がない。
「い、いつ……?」
悪魔貴族たちは陽太の消え入りそうな声を拾って、こちらを見た。
「いつ戦争するんです?」
一瞬静まり返った後、みんなテーブルを叩いて笑い始めた。
「はっはっは。それは我らが決めるわけではありません」
「もしも、戦争が起きる時は、人獣絶滅の時です。地上は焼けてしまうでしょうから」
「まぁ、そんなに深く考えなくても良いでしょう」
口々に悪魔達は陽太の不安を拭おうとしてくれたが、ネビロスは大きなタルトを刺したフォークを口へと運ばず皿の上に置き、ペンとテーブルを叩きナプキンで口元を拭いた。
辺りがシーンとしてしまう。
「治に居て乱を忘れず。である」
「うむ」
それにサルガタナスも腕を組んで同調する。
さすが重役。一言で座を押さえてしまう。
みな反省した面持ちで頭を垂れてしまった。
しかし、一人退屈そうに声を上げる。
「はぁーあ。老人たちは真面目である。窮屈でたまらん」
彼女である。我らが御大将明日香はネビロスとサルガタナスがパーティーの空気を壊したことに呆れて反抗する。
しかし反抗に対する反抗。
ネビロスとサルガタナスは眉を思い切り吊り上げ不満丸出しの顔をして明日香を睨みつける。
「また始まりましたね」
「閣下。マジメでなにが悪いのです。剣を研ぎ、槍を磨き、常に国のために考えておる我らのことをお考え下さい。そもそも、地上で暮らして数か月。我々がどれだけ心労を重ねているかご存じない!」
明日香は耳を塞いでテーブルに突っ伏した。
こうなることが分かっているなら、言わなければいいのに。
他の貴族たちも顔を下に向けたまま。




