第155話 地獄の軍団大出撃
明日香の元より去ったサルガタナスは銀の車輪のついた漆黒の馬車にのり、地獄のアスタロト大公国の中央にある城に入った。
すでに宴席は終了し召使いたちがテーブルやイスを片していたが、奥の小さい間からまだ賑やかな声が聞こえてくる。
サルガタナスがそこに入ると、まだ数人の悪魔貴族が残っていた。
アスタロト大公国の主たるものだ。
ネビロス大公爵、ウァレフォル公爵、ナベリウス侯爵、レラジェ侯爵、イポス伯爵、グラシャラボラス伯爵、モラクス伯爵。
ここにサルガタナス大公爵が入ればアスタロトの精強な頭目の大集合だ。
その連中の中にサルガタナスは気さくに入ってゆく。
「おお。卿たちはまだ残られておったか」
「おお。サルガタナス卿。突然のお召し、なんであられた?」
ネビロスは甘いタルトを片手に自慢の口ひげをしゃくりながら尋ねる。
「いやいや、これを驚かずして何を驚こう」
「ん? 神をも恐れぬサルガタナス卿がそんなに驚くとは一体どういうことだ?」
「実は。宴席で話題の中心であった、閣下の夫となられる方がどうも浮気をしてらっしゃるようで、閣下は大変お怒りになられて、女と一緒なら殺せ! との大変なご剣幕。あれほどお怒りの閣下はいつぶりであろう。そのようなご命令であった」
グラシャラボラスは驚いて聞き返す。
「なんですと!」
「うむ。大公国の軍勢を動員してとの大号令である。卿たちの軍団も出してもらうぞ」
主君の勅令である。一同、深々と頭を下げ座を立とうとした。
天界との戦が始まるようにざわめく。これほどの大事件はかつてあっただろうか?
出口に向かおうとする悪魔貴族だが、サルガタナスはそれを止める。
「ところで卿たちに質問である」
「なんでございます? 閣下」
「そのぅ……。人獣の女とはどのような姿をしておる? 浮気とは一体なんぞ?」
一同、部屋の出入り口でワタワタと重なり合うようにズッコケた。その中でレラジェ侯爵は苦笑いを浮かべながら顔を上げる。
「知らないで驚かれておられたのですか!」
「うーん。大変な剣幕であったからこれは一大事と思ってな~」
「人獣の牝とは、髪が長く、こことここが盛り上がっているものでございます」
と、モラクス伯爵は胸と尻を指差した。
「ほう……」
それでも、まだ分かっていないようなので、グラシャラボラスも説明した。
「ちょうど、今の大閣下のような風体でございます」
大閣下とは明日香のことだ。サルガタナスとネビロスのことは閣下と呼んでいる。その上の主君なので、そのように呼ぶのだ。
このグラシャラボラスの説明にサルガタナスもようやく納得して手を打った。
「おお! あれが女か! 万事了解である」
大公国は騒然となった。
何しろ、国家大動員である。
銀の戦車にサルガタナスとネビロス。他の悪魔貴族たちは銅の戦車。
その大悪魔貴族8名の大軍団が黒い翼で地獄の空を覆い真っ黒になった。
何百万という悪魔の軍勢だ。それにサルガタナスは命令する。
「今より大閣下の夫候補のヒナタ殿を捜索する。見つけたらすぐに余に知らせよ。地上の捜索では決して正体を見破られぬよう。また騒ぎ立てぬよう命令する」
大勢の悪魔たちがその命令に声を上げて返答した。
「ではゆけ!」
号令が轟く。悪魔たちは次々に地上に向かって飛んで行った。




