第154話 陽太処刑命令
誰もいないひっそりとした陽太のアパートの一室が、夜中に怪しく光る。その光の中央には明日香。
たまった大公国の政務を終え、大宴、小宴を受けてようやく解放。逃げるように陽太の元へ帰ってきたものの、この部屋の主はどこへ行ってしまったのか。
明日香を出迎えるものはいなかったのだ。
「ん? ヒナタ。どこへおる?」
部屋の中で一人つぶやく。真っ暗で光もひと気もない。
夜にも関わらずいないのはおかしい。荷物も財布もスマホもないのだ。
「ふむ。おかしいな。ま、よいか」
明日香はベッドに腰をおろし、テレビを見始めたがいつしか眠ってしまっていた。
そして朝。目を覚ますが、陽太は当然いない。
「ふむ。どこへ行ったのやら」
そう言って、明日香は前野と竹丸のアパートへ瞬間移動した。思い当たる場所と言えばここだったのだ。
前野は竹丸をキッチンの席に座らせ楽しそうに朝食を作り、竹丸は出勤前に新聞を読んでいる。まるで人間の夫婦のようだ。
「おはよー!」
との声に二人は明日香の方を向く。
「ああ、アッちゃん! 戻ったんだ!」
「うん。疲れたよ~。ずっと宴会してた。もう飲み過ぎ……」
「それはそれは難儀でしたね」
「ヒナタは? どこ?」
「え? いないの?」
「うん。いない。夜から朝にかけていなかった」
「……うーん。ワタクシには分かりかねますが」
「浮気だね」
「え?」
「タマモさん?」
竹丸の焦った顔。竹丸はもとが犬。鼻が利くので誰よりも先に陽太に貴根の匂いがついていることを感じ取っている。誰よりも浮気を疑っている男。
それは身の秩序の話だ。これについて陽太の味方はできないが陽太は将来世界を救う身。
それがために強くも言えないし、明日香へ言うこともできない立場。
だが、身内である前野にうっかり言っていてしまったので一番バレたくない人間に露呈してしまったのだ。
「おかしいと思ったんだよ。昨日のバイト先でも女の匂いプンプンさせてた。そしてバイト終わったら、二人でショッピングモールに行くって歩いて行ったよ」
「……ふーん」
「今頃、女の家にいるんじゃない?」
「まさか。ヒナタさんに限って」
必死で消火に努める竹丸。しかし前野はどこ吹く風。
「わかんないよ~?」
明日香はしばらく聞いていたが立ち上がる。
「帰るね」
「探さないの?」
「さて。どうしようか?」
そう言い終わるか終わらないうちに二人のアパートから明日香の姿が消える。
次の瞬間、明日香は陽太の部屋にいた。
「馬鹿者め」
そう言って、床を思い切り蹴りつける。
「サルガタナスよ! 来たれ!」
すると、床がさざ波のように震え、そこから黒い大きな影が現れた。
それは黒い甲冑に黒マント。頭にはフルヘルムをかぶり、両脇には水牛のような大きな角が伸びている。
これぞアスタロト大公国の武官の頂点。サルガタナス大公爵。
頭脳のネビロスに並ぶ地位を持つ、最強の武人である。
「おや。閣下。先ほど宴席でお会いしたばかりでしたのに」
「卿に頼みがある」
「何でございましょう」
「軍団を駆使して、余の夫の候補であったヒナタを世界中から探しだせ」
「は、はい」
釣り上がる眉。これほどの怒りを主君アスタロトより感じたのは何百年ぶりであろう。
サルガタナスは気を入れ直した。
「見つかって一人であればよし。もし、余と違う女と一緒であったなら……」
「あったのなら……」
「殺してかまわん」
「はは!」
大変な剣幕だ。いつものいたずら好きな主君ではない。
サルガタナスは、一声残すと地面に消えて行った。
明日香は大変怒った様子で指を鳴らすと、窓には暗幕が下がり真っ暗となる。
そこでいつもの豪奢なドクロ付きのイスを空中から現すと、音を立てて腰下ろした。
目には怒りの炎を宿したまま。




