第140話 楽しめないデート
だがすぐに陽太は自分の意志の弱さにため息をついて下を見る。
「ね。行こう! 行こう!」
貴根はまるで恋人のように腕に絡みついて陽太を立たせるが、陽太はさり気なく手を振りほどく。
貴根はあきらめることなく別の手に移動するが陽太は後頭部に手をあてがって腕を組ませないようにした。
そんな陽太に貴根は可愛らしく膨れて見せるので、自分が一体何をしているのか馬鹿らしくなって手を下ろすと、すぐさまその手を繋いできた。
「はぁ。いつもスバルくんにもそんな積極的なの?」
「なによぉ。スバルは関係ないよ」
「あ~……。こんなところ、誰かに見られたら……」
「友だちだって手ぐらい繋ぐでしょ」
「そうなのかなぁ~……」
「そうだよ」
貴根に言われるまま手をつなぎ、必死に人通りの少ないところを選んで歩き続けた。
それにも不平を言わずに、ニコニコ笑いながら貴根はついてくる。
「んふ。楽し!」
自分も心から楽しめたらいいのに。
これはまるで浮気。
流辺に見つからなければいいなとか、竹丸に見つからなければいいなぁと心の中で念じながら細い細い道を歩いて行った。
その一角に小さい公園があった。塀に囲まれて人からは見えづらい。ベンチがあったので彼女に座るように促した。
「疲れたでしょ? 目的もなく歩くだけだからさ。なんか飲み物買ってくるよ」
「あ! 一緒に行く!」
「いーよ! ……座ってて!」
しかしその言葉にショックそうな顔。
そんな顔をされたら陽太だけに限らず、男なら心が揺らいでしまう。
「じゃぁ……一緒に」
「うん!」
優しいのか意志が弱いのか。
辺りを見回しながら飲み物が売っている自動販売機かコンビニを素早く捜そうとするが裏路地すぎてない。
ふと部屋の冷蔵庫にお茶のペットボトル二本があったことを思い出し、魔法で移動させることにした。
「あ! あれは何だ!?」
「え?」
陽太が指さした空を見上げる貴根。
そのスキに陽太の手の中にはお茶のペットボトルが出現。
「あれは、ただのカラスじゃない?」
そう言って、顔を降ろした彼女の目の前にはお茶。
これを渡して早々に囲われた公園に戻ろうとしたが、貴根の目はキラキラ輝いている。
急いだ行動が仇となり、却って貴根の気持ちを増幅させてしまった。
「え!? すごーーーい!!」
「まぁ……ね。さぁ、公園に戻ろうか」
二人して小さい公園の一つしかないベンチに並んで座る。
陽太は特別話すこともなくお茶を飲んでいたが、それとは逆にテンションが高い貴根。陽太と共にいれることが楽しくて仕方がない。
「質問がありまーす!」
「はい。貴根さん」
「浅川くんの下の名前ってヒナタ……だよね?」
「そうだけど……」
「んふ。ヒナタくん」
そう呼ぶ貴根の顔を赤い顔をして見つめてしまう陽太。
そう。あこがれだった。
貴根にそう呼んでもらうこと。何度も想像でしていたシチュエーション。そのために大悪魔アスタロト大公を呼び出して願いを叶えて貰おうと思ったのだ。
それが今、魔法などではなく普通で呼んでくれる。
陽太の気持ちもグラグラと揺れていた。
「ねー。いい? 名前で呼んで」
「う、うん……」
「んふふふ。やったぁ!」
心が揺れる。可愛い人間の女の子。
本当に可愛い。
公爵なんだから妾も許される?
と思ったところにネビロスの睨み顔が浮かび、一人顔が引きつる。
続いて自分の指先を見つめる。
楽しそうに爪と肉の間に何かを入れようとしている前野の姿が思い浮かぶ。
陽太は怖くなってその手を大きく振った。
ダメだ。ダメだ。そう言う考え方。
自分のずるさに呆れ、下を向いた。




