第14話 労働に勤しむ
地獄の大公爵アスタロトこと、明日香が陽太の部屋に来てから数日経った日曜日。
美少女明日香はイスに腰かけ本を読んでいる。
そんな明日香の周りで陽太はいそいそと着替えていた。
「なんだ。小うるさい。どこに行くつもりだ?」
「いやぁ。仕事ですよ。バイトに行くんだ。アスカが来てから休んでたけど、そうもしてられないしね」
「なに? 仕事だと? はーはっはっはっは。人間は知恵の実を食べて、恥を憶え、勤労の苦しみを与えられたというが、安息日にも仕事とは、日本人とはなんとも感心な生き物よのー!」
「言ってられないよ。母さんにばっかり家賃払わせてられないし。少しは足しになるように。居候もいるしね」
と、チラリと明日香を睨んで批判するも意に介さず。
「ほほう。金が欲しいのか。それ。拾え」
見ると、明日香の手のひらから湧き水のように、金やら金貨やら宝石やらが出て来る。それが手からこぼれ落ち床にテンテンと音をたてながら落ちていった。
陽太はそこに飛びついて鷲掴みにし、明日香の顔を見上げた。
「わ! わー! すげぇー!」
「これで働かなくてもいいだろう。さぁ、どこかへ連れて行け」
と、妖しい笑みを浮かべた。陽太は思った。
悪魔は誘惑したり、仕事の邪魔をするというのはこういうことなのだと。
たしかに、こんなに宝石とかあったら心が動いてしまう。母親とも暮らせる。だが、これを拾ってはいけない。いけないことなんだ。
陽太は、それらをかき集めて明日香の前の床に差し出した。
「いや。拾わない。ちゃんと働いてお金を稼ぐんだ」
「なんだそうか。つまらんヤツ」
明日香がパチッと指をならすと、金銀財宝がフッと消えた。
だが陽太はまだ少年だ。ダメとは思っても目の前の金銀財宝が消えてしまうのは惜しかった。自分の心の弱さを憶えつつも陽太は一粒の砂金が落ちていないか、少しばかりキョロキョロしたが、自分を戒めて首を小さく横に数度振った。
明日香は、陽太の勤労に興味を持ったようだった。
「あいわかった! そのバイトとやらをやってみよう!」
「え? やるの? だって面接とかしなきゃならないんだよ?」
そう言われて明日香は笑顔で指をクルクルと回す。
「ハイハイ。チョイチョイね」
「それで? どんな売春をするのだ? オマエは男娼か?」
「売春……?」
「体を売って金品をもらうのであろう? ん? 違うのか?」
「違うよ! なんでそっちの発想になるんだよ!」
「そーか。そーか。人獣の仕事と言えばそういうもんだと思ったが違うのか。なるほど。なるほど」
「エムドだよ。知らない? そーか。知らないよな~。エムドエヌドパンバーガーっていうファーストフードショップだよ」
「ほう」
「取りあえず、学校みたいに姿を消して仕事を見てからやってみたら?」
「そーだな。そうしよう」
二人で並んで外に出た。陽太は騒ぎにならなければいいが。と思いながら明日香の方をチラチラと気にしていたが、何も起こらずそのままバイト先に到着。
着くころにはすでに明日香の姿は消えていた。
「おはようございまーす」
「おはようございまーす。浅川君、じゃこれ。焼いてね」
「はーい」
「浅川君おはよ!」
「おはよーございまーす!」
「はい。おはようございまーす!」
キッチンに入り仲間たちとハンバーグを焼くのが陽太の仕事。
この店のバイト代は相場よりも高く、競争率も高かった。
それがために大変忙しい!
というのも、看板娘がいるのだ。
レジ係の前野という女性。陽太よりも少し年上。
陽太は話したことはなかったが、ものすごく美人だ。
前野目当てで客がとめどなく来る。
貴根も美少女だが、前野は美人の上に大人の色気がものすごかった。
その前野の声でオーダーが聞こえる。
「ダブルパンバーガー! エムドバーガーのセットお願いしまーす!」
「はーい!」
陽太はボヤボヤしてはいられない。
ただただ、一心不乱に仕事をする。
熱い。熱い。と思いながら仕事をしていると前野のそばで聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「いらっしゃいませー。エムドエヌドへようこそー。こちらでお召し上がりですかぁ?」
思わず二度見する。
明日香だった。勝手に仕事を始めている。
自分と同じ厨房の仕事ではなく、レジの方を選ぶとは。と陽太は思いながら少しばかりその後ろ姿を見ていた。そこにスケベそうな客が来て注文していた。
「ダブルパンバーガーのセット。あとスマイル」
「かしこまりましたー!」
ニッコリ。
すでにもう順応していた。陽太はその順応力に感心していた。さすが叡智は神並みの能力を持っているだけのことはある。
レジ係に、明日香と前野。美女二人に対して鼻の下を伸ばした男たちがやって来てはいいところを見せようと、一番高いリッチパンバーガーを注文して行く。
厨房はがぜん忙しくなっていった。
そして昼休み。
偶然にも陽太と明日香。前野の三人で休憩となった。
ちょうどレジ係が増員したのであろう。
休憩所のテーブルに陽太と明日香は隣どうしに並び、明日香のその前に前野が座った。
前野は新人の明日香に話しかけていた。
「改めて。ロドーさん、よろしく。ウチは前野玉藻」
「うん。よろしくね! 私はロドーアスカ。アスカでいいよ。ヒナタ。すごいでしょ? もう前野さんと仲良くなったよ」
陽太は素直に感心した。自分でもお近づきになれない前野さんと。すごい社交性だなと思ったのだ。
「聞いたよ浅川君。二人で暮らしてるんだって? も~浅川君もスミにおけないね」
と、前野からの言葉に陽太は顔を真っ赤にして答えた。
「いやぁ。親戚。親戚」
「アスカちゃん。どう? 難しくない? お仕事」
「いえいえ。大丈夫ですよ~。面白いもんですね」
陽太は明日香を介してだが前野と話ができる、この絶世の美女二人と一緒にこの場にいれる珍しいシチュエーションを楽しんだ。
だがそれはわずかの時間だった。
「ふふふ。とまぁ、茶番はこの辺にしてと」
茶番? 陽太は前野の言葉に固まってしまった。