第138話 お仕置き
そこには陽太と前野と明日香の三人だけ。
陽太はようやく落ち着いたようにキッチンの自分の席に腰を下ろした。
そこへ明日香が顔を伏せながらやってくる。
「じゃぁ私……いくから……」
「うん。戻ってくるの待ってるからね」
陽太は笑って手を振る。明日香はその手に伸ばして接触した。
様子が変だと陽太が立ち上がると、その胸に自分の胸を吸着する。
陽太はその肩を支えた。
二人の愛の終結である行為を前野の前でと陽太は少し恥ずかしくなった。
「ん? どした?」
明日香は顔を伏せたまま、そのまま何も言わずに床に吸い込まれていき消えてしまった。
陽太にはさっきまで胸にあったぬくもりだけが残っている。その胸を自分の指で無意識に触れると、前野の呆れる声に驚いて体を震わせた。
「あ~あ。分ってないなぁ」
「え?」
「アッちゃんは一緒にいたいんでしょ。あんたアッちゃんに冷たいんじゃない? いつもいるからそれが普通だと思ってるみたいだけどさぁ」
「そ、そうですかねぇ?」
「あんなふうに女心丸出しで結婚までウキウキしてるアッちゃんを、実家に追い返すなんてさ」
「いやいや、そんな追い返すだなんて」
前野の顔にどうでもいいとか、呆れたというのと同時に、軽蔑の表情が現れる。
「アンタさぁ。タケちゃん気付いてるよ」
「え? な、なにをですか?」
「とーぼけちゃって。アッちゃんじゃない違う女の匂いがしたって。タケちゃん嗅覚すごいから。お風呂に入ったって気づくんだからね」
「いえ! そんなんじゃないです。絶対にそんなんじゃない。彼女にそんな気持ちないです……」
「あっそ。どうでもいいけど? ウチも部屋にかーえろ」
そう言って、前野も陽太の横を通りざまに睨む。
「あんたアッちゃんを泣かせてご覧。死刑執行人も泣いて逃げ出すほどのお仕置きしてやるからね」
その言葉に陽太も身を引く。前野ならやりかねないという思い。
そして自分は潔白だとどうにか伝えたい。
前野の顔に怒りの隈取が現れるよう。
いつもの美しい前野の顔立ちが狐のようにも見える。
髪の毛も逆立っていた。
「どんなお仕置きとか想像できないだろうから得意のスマホで調べな。炮烙とか蟇盆とか考案したのウチなんだからね。その柔らかい指の爪と肉の間に一本一本竹ひごを入れてやろうかぁぁぁあああ?」
恐ろしい。凄まじい脅しをかけて部屋を出て行ってしまった。
陽太の手には黒い杖が握られていたが汗でびっしょりと濡れてしまった。
そう。竹丸は気づいていた。
貴根の香りを。
しかし陽太にとっては、あやまちではない。
彼女を救うためにやったことなのだ。
下心などと。
しかし思い浮かべる月明かり当たる部屋での出来事。
陽太は首を横に振った。自分自身を正当化するためであろう。
それに明日香が悪魔貴族に請われて地元に帰るのくらいいいであろう。
お互いに一人の時間を大事にすることだって必要だと言い聞かせる。
たしかに、そんなに大きな話ではないのかもしれない。
一応、キッチンの椅子に座りながら前野が先程言った刑罰を調べてまたゾッとする。
陽太は震えながら明日香の残り香がまだ少しある彼女のベッドに寝転び、彼女の毛布にくるまってそのまま眠りについた。




