第133話 詫びの印
部屋を出て五時間。ようやく戻って来た自分のアパート。
陽太が自分の部屋を見上げると灯りは点いてる。
だが、普段この時間は明日香の夜遊びの時間だ。
もしくは寝てるか。
忘れて電気を点けっぱなしということかもしれない。
ドアを開けると、彼女は入り口の方を見て豪華なイスに腰掛けていた。
「お。帰ったか」
いて驚き。陽太は後ろめたさからか後ずさってドアに背中を付けてしまった。
「う、うん。……ただいま」
そして気付く。
部屋中に漂う異臭。
これはアスタロト登場の激臭ではない。
ものを焦がした匂いだ。
「腹が減ったであろう。余が晩餐を直々に作ってやった。ご馳走であるぞ。さぁ、食え」
「え? アスカが料理!? ウソでしょー!?」
陽太は、明日香に案内されてイスに腰を下ろす。
明日香は目の前に次々と料理を運んで来る。
「余が給仕まで勤めてやる。そら食え」
しかし見たことがない。というか料理っぽくないものばかり。
陽太の背中に冷たいものが流れる。
「あ、あの~……」
「なんだ?」
「こ、これは──」
「それか? ミソラーメンである」
汁もなく、皿に盛りつけられた黒い一部麺状の物体が、元即席ラーメンだったものであろう。
ほとんどが炭化している。
「このキャベツを剥がしただけのに乗ってる黒いのは……」
「なんだ。自分の大好物がわからんか。ハンバーグである」
ハンバーグらしい。
平たい楕円ではなく野球のボールみたいであった。
これでも中まで火は通るまいと箸を刺して割いてみると中身は生。
生肉は細菌などが死滅しておらず大変危険である。
陽太が苦笑いを浮かべていると、明日香は少しばかりすまなそうな顔をしていた。
「……そのぉう。少し反省してな。夫と言ったのは失言であった。許せ。余の不明である」
そう。明日香は考えていた。
自分が悪いと詫びて来たのだ。
この料理は詫びの印。
魔法を使わずにやりなれない手作り。
陽太は墨になってしまったミソラーメンと、表面は焼けているハンバーグを口に入れた。
「どうか? まずいならまずいと言ってくれ」
陽太はそれを咀嚼し、思い切ってゴクリと飲み込んだ。
「……いや、世界のどんな料理にもこれには敵わないよ」
明日香は安堵の表情を浮かべる。
そしていつもの自信に満ちた表情に戻り、腰に手を当てていばってみせた。
「で、あろう。余は万能であるからな」
「ふふふふ」
「魔法でやってはいかんと思ってな。すべて手造りだ。しかし、うまかったならよかった」
「すごい。すごい」
「では、また作ってやるからな」
そのセリフに陽太は一時白目をむく。
だがすぐさま答えた。
「いや、それはいいよ」
「なぜだ」
理由を言ったら傷つく。
しかし長い間一緒に暮らした明日香だ。どのように言えばいいか陽太には分かっていた。
「オレが、料理が好きだからさ。オレの仕事を奪わないで欲しい」
そう。百点満点の回答。
明日香は深く頷いた。
「そうか。そうか。それはすまなかった。はっはっはっは」
「は、は、は、は」
陽太は明日香につづいて小さく笑った。




