第125話 かつての恋の相手
思わず陽太の鼓動が早くなる。
「やっぱり浅川くんだ。最近、学校の中で会わないね」
「そ、そうだね」
ゾンビ騒動以来。
あの時、生徒会会長の流辺 昴の気持ちを聞いて勝ち目がないと身を引いたのだ。
そして今では明日香がいる。胸には明日香の心臓が埋まっている。
明日香に与えられた命。
自分の愛する人に。
「それ、食事?」
「う、うん」
「ああ良かったら一緒に食べない? 今日は塾終わってあと家に帰るだけなの」
「あ、そーなんだ」
「それから、誰かと話したかったんだ」
「そっか……」
誰かと話したかったのはこちらも同じ。
雑談は気を紛らわせてくれる。
貴根も肉まんを一つ買って近くの小さな公園へ。
二人は並んで隅にあるベンチに腰を降ろした。
陽太が袋をあけ、肉まんをほうばろうとすると、貴根は横で神に祈るように手を合わせた。
「いただきます」
陽太は慌てた。たしかに行儀が悪い。
さすが才女。こういう食事でもちゃんとしていると恥ずかしくなり、自分も同じようにした。
「い、いただきます!」
よっぽどその姿が滑稽だったのか貴根は笑った。
陽太も思わず吹き出す。笑い合って二人して肉まんを食べ始めた。
「あの、貴根さんってキリスト教徒?」
「……いや、それってわけじゃないけど、昔、施設にいて厳しく教えられたの。施設がそういう系だったんだね。私たち親いないんだ」
「施設……? 私たちって?」
「ああ、スバルとだよ。そうだよね。知らないよね。学校ではスバルに君づけで呼べって言われてるけどさ。ホントは小さい頃から一緒なの。兄弟みたいに」
そういうことだった。二人が共にいるのもそういう関係からかと納得。
そしてますます二人の仲に勝ち目はなかったのだなぁと陽太は再確認した。
「実はオレも片親なんだ。小さい頃から」
「へー! じゃ一緒。握手」
彼女はそう言って肉まんを持つ手とは別の手を出す。
「あ。うん。よろしく」
握手を交わす二人。
陽太にとって初めての貴根の手の感触。
柔らかくて暖かい。
元は恋をしていた相手だ。顔が紅潮し、胸が高鳴る。
「ふっふ~。へ~。そーなんだ」
貴根が親密気に声の調子が一つ上がる。
とてもいい雰囲気。
「スバルとは、別の里親に引き取られて、それでも連絡取り合ってた。夢をいつも語り合ってたの。そして、ついに高校で再会! お互いに同じアパートに棲んで。あ、部屋は別だよ? ふふ。……でもさ」
「なに?」
「最近、全然会えてないっていうか、自分の夢にまっしぐらだよ。政治家になりたいだなんて」
「そ、そうだよね。テレビで何回か見たよ」
「うん。わけ聞いても教えてくれないし。最近すれ違い……」
「そうなんだ……」
つらい悩みだろう。
彼女は会いたいのであろう。
思わず寂し気な彼女を抱き寄せたくなった。
明日香は強い。弱音など吐かない。
だからギャップだ。
こんなたよやかな女性を守ってあげたくなってしまう。
そう思っていると、貴根はイタズラっぽく笑った。
「浅川くんは? 彼女と一緒じゃないの? 聞いてるよ。同棲してるんでしょ~」
不意打ち。そう言われるとなんかものすごく嫌らしい。何もないのに。
陽太は顔を赤くして否定した。
「ちょ、ちょっと。どう聞いたか知らないけど、親戚だよ。全然手を出してない。まぁ、付き合ってるつーのは、そうかもしれないけど」
「え? 同じ部屋にいて付き合ってて、手を出してないの? へー。男!」
「そう?」
「スバルと一緒だ」
ドキリ。陽太の鼓動が一つ大きく高鳴る。
手を出されていない。それっていうのは貴根自体が未経験だということだと勘ぐった。
そしてそんなことを言うと言うことは、脈あり。
つまり自分に気がある。陽太の鼻息が若干荒くなった。
「へ、へー。ス、スバルくんも」
「んふふ。で? なんで一人なの?」
「……ああ。もうダメかもしれない……な」
「そうなんだ」
「わがままだし、何もしないし、元カレの話し急にされて出て来ちゃった」
「あ〜、そりゃダメだよね~」
「ウン。マジ、そいつに敵わないつーか」
「なんか。私たち……」
似てるよね。
似てるよね。
そう言う言葉がくるだろうと期待してしまった。
明日香がいるのに、ついつい心が今そばにいる貴根側に傾いている。
なぜかこの二人だけの会食が陽太を強気にさせていた。
「……うん。オレたちがなに?」
その時だった。二人の前の地面がチャッチャと音がする。
誰かが来た。顔を上げると、そこには一人の男が立っていた。




