第124話 ケンカ
夜。陽太と明日香は部屋の中。
ベッドの上でお互いの胸を付け合って、まったり中。
彼らの恋はこれが最終地点。こうすることによって魔力回復だけでなく満足感を得られ、満たされるのである。
胸をつけ合っているのだから、互いの腰と背中を抱き合い、顔は数センチしか開いていないがいつものこと。
その状態のまま、陽太が睦言のように口を開く。
「……なぁ、アスカ」
「ん? どうした?」
「アスカの止めた時間に入ってこれるものってどーゆー悪魔なの? アスカに勝ち目はあるのかなぁ?」
「ん? 余が止めた時間の中に入れるもの。……ううむ。難しいな。だがそんなにたくさんいるわけでもないぞ?」
「そっか……。やっぱり勝てない?」
「まぁな。考えたこともない。戦うつもりはないからな」
「そうなんだ」
「仲間であり、兄弟であり、夫であり、妻であるからな」
明日香にしてみれば何でもない例え話だ。
だが陽太にしてみれば聞き捨てならない言葉であった。夫であるなどと。
「え?」
「どうした?」
「お、オレがいるのに夫?」
「はぁ……? なんだ? 気分を害したか?」
「害すよ。なんだよ! 夫がいるのかよ!」
「ほ、ほう! 怒ったのか! はっはっは。愉快痛快だ」
いや、なにが愉快痛快か分からない。
陽太は挑発されたと思い余計に腹が立ったが、明日香は悪びれもしなかった。
「例えばなしだ。それぐらい分からんか。まぁ足下たちからはすれば気が遠くなるほど長い時間一緒にいたということだ。バカめ」
「オレがいるのに夫とかってやめて欲しい」
「はっはっは。嫉妬! 醜い! はっはっは! それが嫉妬か!」
「なんなんだよ」
「余の仲間たちはそんな醜い嫉妬なぞせんぞ?」
「もう、いいよ」
話の次元が違うし、このままでは平行線。
そして陽太は頭に血が上ってしまい、狭いアパートの一室に二人でいられず、服を一枚羽織ってアパートを飛び出した。
部屋を出て、街に向かって歩き出す。
「どーせ敵わねーよ。何千年も一緒にいる仲間なんだろーよ。アスカと同じような能力を持って神のような叡智を持ってるやつら。そんなやつらを押しのけてオレがアスカの夫になんてなれるわけねーよ。どうせ一時のカラカイなんだろう。本気じゃねーんだろ? 悪魔なんだし。……ああ……クソ!」
思いが強ければ強いほど腹も立つ。
陽太は完全に明日香に対して恋に落ちていた。
何度も窮地を救われ、楽しく笑う笑顔。
そして二人の秘密の抱擁。それが二人の絆。
心を奪われた相手は、元神で見上げれば遥か遠くにいるように感じてしまうのだ。
何千年も、何万年も神もしくは悪魔として暮らしていた彼女と一緒になれるわけがないとつい考えてしまう。
その時、陽太の腹が鳴る。
彼は思わず苦笑した。怒っていても、腹は減るもんだなと笑わずにはおられなかったのだ。
しかし考えるのはアスカのこと。どうしているだろう。
自分でゴハンもよそえない。
皿のある場所分かるだろうか。
冷蔵庫に焼くだけのハンバーグ入ってるけど無理だろう。
パン。食パンがある。
ジャムもある。彼女の好きな毒々しい色のが。
無意識に明日香への気遣いをしている自分にまたもや苦笑。
そして行き着く思考の先は、“魔法でなんとか出来る”だった。
だいたい元々食べなくても生きて来た分けなのだから。
陽太は近くのコンビニに入って、肉まんを一つだけ買おうとした。
無駄な金は使いたくない。肉まん一つで充分に腹が膨れると考えてのことだ。
「あれ? 浅川くん?」
この声。
この声──。
聞き覚えのある声に、陽太はレジの前で後ろを振り返る。
そこには貴根 華。
才女で美人な生徒会副会長。
それは陽太がかつて恋をしていた相手であった。




