第122話 明日香の魔力
ザムエルが混乱するのも無理はない。実は前野はまだ桜庭の部屋の中にいた。
壁に寄りかかって、三人の入ったポケットを片手で押さえながら、ポチポチとスマホをいじっている。
そこに息を切らしたザムエルが現れたのだった。
彼は完全に脱力したようにつぶやいた。
「はぁ。ここにいましたか……」
「ああ。やっと気付いた? でももう、あんたに勝ち目ないよ。さっさと逃げな」
「はぁ?」
ザムエルがマヌケな声を上げて聞き返すと、前野はまるでスーパースターを迎える司会者のように手を挙げる。するとたちまち部屋は雲が太陽を隠したように暗くなっていき、天井にはミラーボールが回転して何色もの光りの粒が部屋中に輝いた。
「なに? また幻術?」
すると、一カ所に照明が当たる。そこから一人の女の子。
そう我らが御大将のご登場であった。
「はー。バイトに二人とも来ないから、心配したらこんなところで遊んでたなんてずるーい!」
「あ〜。アッちゃん、ゴメンね~」
「それでヒナタは?」
前野はポケットから小さい陽太を明日香に手渡した。
その気絶している小さい陽太の胸を自分の胸に押し付けると、徐々に陽太から声がもれてくる。
「う。う。う。はぁ、はぁ、はー。はー。はー。おー。うん。あ~~~……」
「目が覚めた?」
「うわ! デカ!! なんだアスカかぁ……」
陽太は大きな明日香に驚いたが、自分が縮んでいることに気付いた。
陽太復活に安堵の表情を浮かべる前野がつぶやく。
「へー。そうやって魔力復活させるんだ」
陽太は明日香の胸の中から、ザムエルを指差した。
「アスカ。気を付けて! アイツ、指輪で魔力を吸い込んで自分のものにするんだ! オレもラティファも魔力を吸われたんだ。アイツは今ものすごい魔力の持ち主だよ!」
「あ~ん。ちっちゃくてかわいい~」
「聞いてる?」
明日香はぜんぜん聞いていないように陽太の小さな頭をなでている。
それはそれで気持ちいいなぁと思っている陽太だが今は戦闘の真っ最中だ。
「これは……なんとしたことだ。ものすごく大きい魔力!」
そのザムエルの言葉に明日香はニヤリと笑って両手を広げた。
その途端、陽太は落ちそうになったので明日香のワンピースの胸元を掴んで、胸の谷間に体を隠して様子を見ることにした。焦りと小さいあまりにその幸せな状況に気付いていない。
「吸い取ってみたら?」
「ちょっと、アッちゃん?」
明日香はまだあのアイテムの力を知らない。前野は心配したが、ザムエルはすかさず指輪を向ける。
陽太とは段違い。陽太が高波なら、明日香の魔力は津波。
赤黒い煙がザムエルに突き進んでゆく。
明日香はにこやかにただ突っ立っていた。
「わーーー! すごい! これはすごい魔力だ!」
「そーれ。もっと吸え。もっと。もっと」
「アスカ、大丈夫なの??」
明日香は陽太へと視線を落とす。
そう。そこには陽太。胸と陽太が接触している。
これは魔力回復だ。陽太がそこにいる以上、魔力は無限に回復され、ザムエルへと送り続ける。
「う……。すごい量だ」
ザムエルの細身の体が徐々にでっぷりと変化してゆく。
まるで満腹のように腹をさするザムエル。
「も、もういい……。体が痛い。体が痛い」
「そーら。そーら。もっと吸え。もっと」
「痛い。体が……。痛い。痛い! 痛い!!」
ザムエルがそう言うと、大きな音とともにザムエルは爆発し、気体となって消える。
そして、それぞれの色をした煙がしばらく空中を漂っていたが、持ち主の元へ帰るように、ラティファと陽太の方にスゥッと入っていった。
「うわ! すっごい量だ!」
陽太は明日香によってすでに魔力を回復していた。
それがために過剰の魔力接種となって体がむくみはじめたところで、明日香は陽太の頭をひょいと掴んで回転させ、胸と胸を付け合った。
「じゃぁ、多いのはあたしが受け持つね」
そうすると、陽太から快楽のような声が漏れる。力が緩和されていくのがわかる。
陽太の中に過剰に入って来た魔力は明日香の中に吸収されていった。
「しょ、消滅しちゃったね。あの悪魔」
「まぁ、しょうがないよ。ヒナタが無事で良かった」
明日香は陽太の頭を指の腹でなで回した。




