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第120話 ピンチ

今ここには明日香はいない。

しかし、万一のことがあっても前野がいるから安心だろう。

陣内には少しの間、眠っててもらうことにして、陽太は構えた。

見よう見まねの前野の車輪の構え。

腕を車輪のように回転させる。


「ぷっ。なんだそりゃ」


桜庭にしてみれば見たこともない構えだ。

不格好で弱そうだと思ったのであろう。

桜庭の体は、魔法によって茨木が鬼になった時のように筋骨隆々になっており、まるで別人だ。


しかし、やはり陽太にとってこの程度、敵ではない。


「はい、はじめ」


前野の声と共に始まる試合。桜庭が仕掛ける。

うなりを上げて鋭い拳。


陽太は、それを回す腕で車輪のように受け流してしまう。車輪の動きに巻き込まれて桜庭は、陽太の思う間合いに入ってしまい、陽太はそのアゴを蹴り上げた。


「うあ!」


「いいね。見よう見まねでもできてるよ。急所狙っていきな。手加減なし」

「はい」


桜庭は悔しそうな顔をして体勢を整え、鋭くローキックを放ってきたが陽太はそれを車輪の動きですくい上げ、さらに相手の腕をつかんでバランスをくずさせ、回転して膝蹴りをこめかみに叩き込む。


「プ。えげつない。それでこそ、あたしの弟子!」

「あざーす」


桜庭は衝撃でクルクルと目を回していた。そして酔っ払ったようにフラついて最後にはそこに倒れ込んでしまった。


「勝ちだね。まー。アンタが相手なら無理もない。ホラ。お友達を治してあげな」

「はい」


倒れてしまっている桜庭を避け、陽太は陣内の元へ。

彼の打撲を負った箇所に手をかざし、顔の前でも掌をひと回転させると、陣内は目を覚ました。


「あ、あれ?」

「終わった。終わった。アラタは基礎を練習しないとダメだな」


「……そっか。オレ負けちゃったのか。あの人は? ヒナタがやってくれたの?」

「うん」


「ありがとう」


陣内は陽太に微笑むと立ち上がってラティファの方へ近づいていった。

しかし、もう一人。

敵はもう一人いた。

陽太が睨みつけると、そいつは嫌らしく笑う。


「ほ、ほう! キミも、ものすごい魔力!」


ザムエルが笑う。

その時、ラティファは陣内の腕の中でゆっくりと目を覚ました。


「だ、ダメ……。あの悪魔、魔力を吸い取るの」


魔力。だからラティファは倒れ、ラティファの魔力を手にいれたあの悪魔が強くなってしまったのだと陽太は悟り、悪魔に触られないように距離をとった。

そう接触して魔力を取られると思ったのだ。

だがザムエルは笑いながら指輪の宝石を陽太に向ける。

その時。陽太の体の中から赤黒い色の煙が高波のように現れ、指輪の中に吸い込まれてゆく。


「うぁ。うぁ。うぁ」


陽太はビクビクと体を揺らす。

まるで電気ショックを受けたように。


「マ、マジ? すごい魔力の量! あたしと段違い……」


ラティファがそう言う頃には陽太の魔力は全てザムエルの指輪に吸収されていた。

陽太は力を失いその場に倒れ込んでしまった。

ザムエルの目が妖しく光る。


「そら! 起き上がって、残った男を倒し、女をものにしろ!」


そう言って、桜庭に魔法をかけた。

桜庭はパチリと目を覚まし、力強く起き上がった。


「おお! おお! 力が湧いてくる!」


そして転がっているヒナタを見る。


「この野郎、好き勝手やりやがって……ッ!」


そのまま足を振り上げて倒れている陽太の腹に思い切り蹴りを叩きこむ。

陽太の体はくの字に折れ曲がったが、桜庭は攻撃の手をゆるめず、何度も何度も蹴り込んだ。


「クソ野郎が!」


そういう桜庭の言葉を陽太は聞けなかった。陽太は完全に意識を失った。

そして桜庭はラティファを覆って守っている陣内の襟首を掴んで壁へ投げつける。

またもや陣内は衝撃で気絶した。ラティファの名を一言呼びながら。


「け、けだもの……」

「ふん。まぁいいさ。すぐに良いっていいながらオレに抱きつくようになる」


桜庭はラティファを抱き起こして寝室へ向かおうとしたが、前野と目があう。

憧れていた前野の前で女を抱きかかえている自分を恥じて、視線を斜め下に落とした。


「ふー。桜庭さん?」

「な、なんだ?」


「久々だわ。こんなにムカついたの。相手してあげるからどこからでも来な」


そう挑発する前野。しかし構えもせずにスマホをいじっている。

料理のサイトだ。骨付き肉特集を見ていた。

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