第110話 (偽りの)正体
疲れて気怠げな明日香は、陣内とラティファに小さく手を振って提案する。
「ややこしいから友だちになろうよ。めんどくさい」
「オッケーっす!」
「なによ! 浮気者!」
「なんでだよ。友だちだって!」
ハタから見ても浮気心まるだしだ。
それにも構わず明日香は続ける。
「まー、お互いに正体知ってるし」
「え? 正体!?」
「正体って?」
「ヨイショッ!」
明日香の指が高らかに鳴る。
途端にラティファと陣内だけに留まらず、風の音、公園の水の音すら聞こえなくなってしまった。
無音の世界。それは明日香が時間を止めたことを意味していた。
「あ~。今の疲労感で時間を止めるのは辛い」
「なんで? なんで止めたの?」
「こやつら、余の正体を憶えてないとか言い張っておる。なんだ? なんの間違いがあった?」
「そりゃそうでしょォ。陣内くんはラティファと戦ってる時、別次元にいなかったし、ラティファからアスタロトの記憶は奪い去ったし」
「ああ、左様か。そーいえばそーだったな。ふむ。ふむ」
「そうだよ。どうする? また記憶を消す?」
「いや、もうめんどいし、時止めで魔力がかなり消耗した。普段はこんなことないのに、どっと疲れた。なんとかごまかせ」
「なんで、オレが?」
「足下の仕事であろうが!」
「わぁ! 口から火がぁ!」
「では、頼むぞ。あとはどうとでもなれだ。無理ならこの二人の存在を消してしまうまでだ」
「そんな、ヒドい……」
明日香が指を鳴らすと、時間が元通りに流れ出した。
当然陣内とラティファにも。陣内は止まる前の質問を続けた。
「正体って何?」
「いや、あの、そのォ」
「やっぱり、アンタ、魔人かなんかなんでしょ?」
「あと。えと。そ、そうです……」
「やっぱりね」
「あのォ先祖が……」
「ふーん。そうなんだ」
「う、うん。だからオレはフツーの人。この前説明したと思ったんだけどなァ。ラティファに……」
と、まぁまぁ辻褄が合うウマい感じに説明出来てきた。
「あ、そうなの? なんか憶えてないんだよね。でも、先祖が魔人だからちょっと魔力を感じるときがあるのかぁ」
「ウン。ラティファは水の精霊でしょ? ジナニア」
「そう。へー! すごいじゃん。分かるんだ」
と驚くラティファ。
似たような境遇。正体を知っている共有の秘密。
ラティファと陣内に陽太への親近感がわくのはそう時間はかからなかった。
「そうか。ラティファのこと知ってるのかぁ。そーゆー人がいた方がいいや! いーじゃん。友だち」
「ホント? よかったァ」
そこに明日香も笑顔で入り込む。
「じゃぁ、よろしくね!」
「うーん。分かった。ご主人様がそういうなら」
多少苦笑を浮かべたラティファだったが、四人はともに昼食。
陽太と明日香はホットドックを。
ラティファと陣内くんは肉なしのサンドイッチを。
「陣内くんなんてめんどくさいよ。アラタでいいよ。仲間にもそう言われてるし」
「ああそう? じゃぁ、オレのこともヒナタで」
そう言うと、ラティファは精霊らしからぬヤブニラミの視線を向ける。
「オイ。ヒナタぁ」
「さっそくかい!」
「おじーさんか、おばーさん、なんの魔人だったの?」
まだそんな設定はしていない。
しかも陽太には精霊の知識もない。
遼太郎や結ならどうにかなったんだろうけど。
しかしここには知恵の大悪魔がいる。
今使わずしていつ使うのか?
今しかない。
「どーだろ? アスカと同じ先祖なんだけどね」
「う。巻き込んだ」
「いーじゃねーか」
「うん。私もちょっとは魔人かな?」
明日香もノリがいい。しかも良い設定だ。
今後、二人の前で魔人の力と称してアスタロトの力を使うことも出来るだろう。
明日香の言葉にラティファもうなずく。
「へー、そーなんだ」
「見て」
明日香は得意げに笑いながら、落ち葉を一枚拾った。
それを手のひらに置いて、一生懸命に魔力を入れているように見つめている。
すると落ち葉が、カサカサと横に移動して、手のひらから落ちた。
明日香は息荒く、魔力を全部使い果たして疲れたような顔をした。
「どう?」
「へー」
「すごい! すごい!」
「ちょっと!」
「なんだよ。」
ラティファは明日香の力を大したことがないと思ったが、陣内が調子よく褒めるのに柳眉を吊り上げる。
お互いに軽い小競り合い。
陽太はこういう恋人同士もいいなぁと羨ましく思った。
そして明日香のペテンのような弱々しい魔力に、また悪戯を仕掛けるのかも知れないとハラハラしていた。
そこへ陣内。明日香を褒めるだけではない。
ちゃんとラティファへのフォローを忘れていなかった。
「ラティファはすごかったんだ。願いを叶える魔人だったんだよ」
「え? アラジンみたいな?」
「そーみたい」
「知らねーのかよ」
「それで、身体能力を上げてもらったんだ。前は前転も出来なかったのに、今じゃオリンピック選手並み……かも」
「へーそうなんだ!」
なるほどであった。あのサッカーでの神がかりな動き、100メートル記録時の早さが納得いった。
しかも陽太自身にとっても都合のよい話であった。
「オレも、魔人の力は身体能力なんだ」
「そうなんだ。だから、あの100m走」
「うん、ゴメン。魔人の力使った」
「そうなんだ。良かった。オレだけフェアじゃないと思ってたから」
そう二人が話しているところに、新たな声。
「見つけた!」
陽太がそちらへ顔を向けると、先ほどの桜庭がいたキックボクシングジムの練習生。彼はスマホを取り出しどこかに連絡している。




