第11話 これぞ魔力!
「わぁ! なんだぁ!」
陽太は、目の前の奈落に驚いて腕を振り回してバランスをとった。
すると後ろからコツコツコツと足音がする。
闇夜にメガネのレンズが光る。
そこにいたのは教師の宮川だった。
彼女は左右を大きく見渡した。
「なんか変だと思ったら。いるんでしょ? ロドーさん?」
「え? 宮川先生? な、なんで?」
宮川の視線の先。屋上の給水タンクの上だった。
誰もいない。だが、一羽の黒いフクロウがとまっていた。
陽太は明日香か?
と思ったが、パタパタと飛び上がって森の方へ行ってしまった。
宮川はフッと笑ってその行く末の森の方を見た。
だがその時、陽太の目の前に明日香が微笑みながら現れた。
空中に立っている形だ。
陽太の胸をトンと押して、陽太が飛び降りるのを防いだ。
陽太はフェンスから後ろに倒れ込んでそのまま尻もちをつく。
「あた!」
陽太の声に気付いて宮川がこちらに顔を向けた。
「!!!」
空中に立っている明日香に驚いた。
明日香をただの霊感の強い女子程度に思っていたのだ。
しかしそれは今、底知れぬ能力を感じさせる。
「はっはっは! どうやら本当に驚いたらしいなぁ」
「あなた! その話し方!」
「足下は、はぐれ死神であろう。死神の職務を全うせずただただ面白半分に人獣やら他の生き物を殺すことが足下の生業。どうだ? 当たっておろうが」
「あなた、何者? 天使? いや、天使がこんなことするわけない。悪霊! 悪魔ね!?」
「ご明算」
明日香は空中を歩いて、屋上にそのままスタッと足をつけた。
「同業種でしょ? 勝手に縄張りに入らないでよ」
「同業種だと? 同じゅうするでない。この粗忽者が」
明日香は空中に腰を下ろそうとすると、そこには見事なドクロ付きのイスが出現した。流れでドカリと音を立てて腰掛ける。
それと同時にシュルリシュルリと音を立てて高貴な服、黄金の杖、それに絡まる黒い毒蛇。そして頭には大公爵の冠が明日香の身に纏われていった。
あっという間に美少女がアスタロトの服装に着替えた格好になった。
そしてイスの肘掛けに肘をおき、頬に拳をそえてニヤリと笑う。
教師宮川はゴクリと息を飲んだ。
「地獄の大公爵」
「左様。よくも余のヒナタを殺そうとしてくれたな」
余の陽太とは。いつから明日香の所有物になったのかと陽太は思ったが悪い気はしなかった。
「お許しを」
教師宮川はその場に平伏した。
「はっはっは! なかなか素直ではないか。小気味良い。はっはっは」
宮川は腰を低くしたまま、明日香に近づいて
「わたくしめ、大公の大ファンでございます。卑賤の身ではございますが、どうか手など握らせて頂ければ感無量でございます」
やはりその世界では大スターなのであろう。宮川の正体にも驚いたが全然明日香とは階級が違うようだった。
「よいだろう。よいだろう」
といって、その細腕を前に出した。
最近、陽太は自分に対して尊敬の念を失いかけている。
ここで自分の威信を見せつけてやろう。
そう思ったのかどうか分からない。
ニヤリと陽太に向けて最高に悪魔っぽい笑顔を見せた。
その時。
一瞬。
まさに一瞬だった。
教師宮川が立ち上がって、空中から大鎌を取り出すとブンッと振るった。
すぽーんと明日香の首が闇夜にすっ飛んだ。
その首はテンテンとバウンドして、陽太の足元に転がって来た。
顔には悪魔の笑顔を残したまま。
次第に首の回りに血だまりができ、胴体の方からは噴水のように血が噴き出して、その飛沫が陽太の顔に降り注いだ。
「ひぃ! ひぃぃ!」
陽太は叫ぶしかなかった。現状が受け入れられない。
明日香は無敵ではなかったのだ。
簡単に。いとも簡単に死んでしまった!
そこに教師宮川が近づく。大悪魔を不意打ちで倒し、満足気に笑顔を浮かべていた。
「なんともスキだらけ。浅川がなぜ地獄の大公爵と一緒にいるのか不思議でならない。でも、まぁいいや。さて浅川? さっさとさっきの続きをしなよ。死にたいんでしょ?」
と言うと、陽太の体が次第に反転し屋上のフェンスを登り出した。
また猛烈に死にたくなってきた。
行きたくないのに、体が勝手に動き出してしまう。
「もう。さっさと死んでよ? 今日は浅川の死と大公爵を殺した優越感のまま眠りたい」
陽太の体は半分、闇夜の奈落に身を乗り出していた。
「やだよぉ! アスカぁ! 助けてぇー!」
陽太が大声で叫んだ。その時。首だけの明日香の目がカッと開いた。
すると斬られた首の下から体が生えて、イスに座っている側の体の首の上にも明日香の首がニュッと生えた!
都合二人の明日香が出来上がってしまった。
そして、イスにいる側の明日香の手がニューっと伸びて、陽太の襟首を乱雑に掴んだと思ったら、クレーンゲームのように空中に吊り下げたまま陽太を屋上の中央に運んだ。
そして、二人の明日香は教師宮川を挟み込んだ。
宮川は大変焦った様子で、ブンブンと二人に向かって大鎌を振り続けたが、そのたびに明日香の体が4体、8体、16体と分裂して行ってしまう。
しまいには、宮川は座り込んで平伏してしまった。
「狼藉、お許しを」
大勢の明日香は普段の足取りで宮川の元に向かい、その地点に行く頃には融合して一人になっていて、陽太の方を向いてニヤリと笑った。
そこには宮川の姿はなかった。
陽太はゾッとした。
「み、宮川先生は?」
明日香が何も言わずに片足をずらすと、そこには1円玉大の黒い油が一つ燃えているだけで、それもフッと消えてしまった。
「も、燃やしちゃったの?」
「どうだ。あっという間だったろう。余の力、思い知ったか?」
「う、うん。思い知った。怖い」
陽太はブルブルと震えた。
ただのイタズラ好きな悪魔だと思ったのに恐ろしい力を見せつけられた。
とても自分の手におえないと感じたのだった。




