第109話 奇妙な四人
ラティファは敬虔なムスリマ。婚約者である陣内も言葉通り改宗したのだが、なかなかラティファに合わせるのは難しいらしく、拝礼の仕方も横目でみながらの調子。
陽太は珍しいものを見るようにじっとそれを見ていた。
拝礼が終わったようで、ラティファは楽しそうにピクニックに来たようにお弁当を開く。二人の世界。初々しいカップル。陽太に気付かずラティファはサンドイッチを陣内の顔に向けた。
「はい、あーん」
「お、おう。な、中身は何?」
「焼き豆腐ですよ。大好きでしょ?」
「だ、大好き……」
陽太はアツアツの二人に近づくのは少し抵抗があったが、面白そうなので声をかけに行った。
「よ!」
「あれ!? 浅川くん、何してんの? うわ! ホットドック!」
「汚らわしい! あっちいって! しっし!」
「そんな、犬みたいに」
「おおアッラーよ。彼は自分がしていることが分からないのです。どうか許したまえ~」
と、またしてもラティファは一人で拝礼。陽太は呆れた。
「なんなのさ」
「いや、戒律だよ。日本の加工肉には何が入ってるかわかんないから、ラティファは肉全般ダメなんだ」
「あっそうなんだ。プププ。いーじゃん。焼き豆腐のサンドイッチ。うまそうで」
「交換しようか?」
「ご主人様!」
「はいはい。アラーよ。許したまえ」
陣内もラティファを恐れてすぐに拝礼。
ラティファは笑顔で別のサンドイッチを手に取った。
「ちゃんと、アボガドとツナのサンドイッチもあるよ」
なにが「ちゃんと」なのやら分からない。
「もう、ツナだけがオレの生命線だよ」
「そーなんだ。ププ」
「ところで今日は、ロドーさんとは一緒じゃないの?」
「いやぁ、疲れて、あそこのベンチで寝てる」
と、指をさすと、木の板で作られたベンチの隙間から目を覗かせてこっちを見ていた。
その姿が滑稽でものすごく可愛らしく、陽太は明日香に向けて手招きをした。
「おーい。こっちこいよ。二人の昼食にまぜて貰おう」
明日香はまだ回復していないらしく、立ち上がるもののフラフラになりながらこっちに来た。
それを見た陣内。赤い顔をしながら立ち上がり、自分の敷物からどいた。
「あ、どうぞ。この敷物の上に」
「ちょっとちょっと! ご主人様!」
陣内に詰め寄るラティファをよそに、明日香はまるで下々の者を気遣うように手を振りながら敷物に腰を下ろす。
「あ~。ありがと~」
敷物の上には大悪魔。その横には敬虔なムスリマの精霊ラティファ。エライ状況だ。だが陽太は心の中で面白い。
未だに明日香に顔を向けている陣内にラティファは空咳を打った。
「んっん!」
「あ~。前にあったことある。陣内くんの彼女なの?」
「そーです。フィアンセです」
「そーなの!? 驚いた。へー! やるね、陣内くん」
「あ。うん。まーね……」
明日香に対し、これ以上陣内に近づくなと防衛戦を張るラティファ。意に介しない明日香。言われて少し残念そうな陣内。面白くて仕方ない陽太。
「私たちも婚約者同士だよね~。ヒナタ」
「そーですね。そーですね」
「いっ!?」
「なにが「いっ?」なの!? ご主人様!」
「い、いえ……。「何時」って聞いたんです。結婚式はいつ? みたいな」
ラティファと婚約したものの、明日香への気持ちは完全に消滅したわけでは無いようだった。
陽太は口を手で隠して笑う。
このラティファと言う精霊とドタバタだが仲がよいのに自分と同じような環境だと親近感を持ったのだ。
そして、結婚はいいが戸籍とかはどうするんだろうとか考えた。その思考の先には魔法でどうとでもなる。と言う答えがあり、またも一人で笑った。




