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第105話 格闘家新人王、桜庭一至

駅裏の家電屋。しかし陽太はその店に入らず通り過ぎてしまう。


「ん? あの大きい家電屋ではないのか?」

「うん。あそこも安いんだけど、10分くらい歩いたところにある家電屋でまず値段見てから、こっちのを見て値引き交渉するといいってさ」


「なんだそれは。歩くのは苦手である。タクシーを使おう」

「なんのための値引き交渉だよ。歩くの!」


「さようか。まぁ、景色を見ながら歩くのも好きではあるが……」


明日香は不満そうではあるが納得したようである。

二人してさらに先にある家電屋に向かう。

行き交う人が振り向く。

やはり明日香は人並みはずれた容姿だ。陽太は注目を浴びる自分の彼女の存在に悪い気はしなかった。


「あ! ここ」


ふと明日香が足を止める。


「あー。キックボクシングジムかァ」

「へー。武術じゃん」


そう。そこはキックボクシングジムであった。

たくさんの門下生が練習している。

それをマネして明日香はシャドウボクシングをした。

前よりスジはよくなったがまだまだだなァと陽太が思った時、パリンとジムの大きな窓ガラスが割れた。


そう。明日香の戯れのパンチから遠当とおあてが発生したのだ。

中の門下生が一斉にこちらを見た。

明日香は陽太の後ろに隠れて陽太の声で叫ぶ。


「たのもォー!」

「バカヤロ!!」


陽太のとっさのバカヤロ。門下生たちは眉をひそめた。


「たのもーバカヤロ?」

「たのもーバカヤロって」


失言。しかも同じ声。どうやったってジムをバカにしているようにしかとれない。

門下生の人垣を割って、一人の男が出てきた。


それは陽太も知っている顔であった。

彼は桜庭さくらば一至いっし

前にライト級で新人王とった注目の格闘家だ。

テレビでも何度も試合をしている。

彼は元々、ここの門下生で、たまに後輩の手ほどきに来ていたのだ。


陽太は格闘と言うスポーツが好きだ。今でこそ自分も戦ってはいるが、平凡な高校生の頃はDVDなど見漁っていたほど。

そんな中、この若いながらも上へ登っていく桜庭一至を尊敬していた。それが今目の前にいる。

陽太のテンションは上がってゆく。

その彼が、冷静に陽太に近づいて来た。


「なに? 見学? ガラス割ったの、キミ?」

「いえ、く、車の飛び石っすかね? 急に割れちゃって……」


「そーなんだ。けっこうな強化ガラスだったはずなんだけどね。年月で脆くなっちゃったかな? ところで、たのもーとかバカヤロとか聞こえたけど?」

「いえ、そんな! まさか! け、見学させてくださ~い」


桜庭はニコリと笑った。


「うん、いいよ。さぁ、靴脱いで上がって!」

「は、はい!」


陽太は桜庭の背中を憧れの眼差しで見ていた。DVDを持ってきてサイン貰えばよかったと思っている。

若いながらも世界チャンピオンとも一戦を交えて勝っている。

そんな神の領域の人と話が出来て興奮した。

最初の印象は最悪だったが、なんとか回復して握手くらいして貰いたい。


その桜庭の背中について陽太は靴を脱ぐ。するとまた陽太の声。


「でも、桜庭さんも大した事なさそぉっスねェ。オレもちょっとは心得ありますけど」


陽太は完全に脱力した。

ストレス。休みにストレス。

それというのも目の前の笑う悪魔のお陰。


おそるおそる桜庭を見る陽太の目のタイミングと同時に桜庭は振り返った。

顔がまったく笑っていない。


「なに? キミさっきから。そういうこと言ってるとマジ怪我するよ?」


せっかく桜庭と近づけたのに、怒らせてしまった。

これ以上いても、ただ明日香に悪戯されて悪い印象を与えるだけ。


「……そ、そっスよね。オレ帰ります」


陽太と桜庭はお互いに背中を向けた。

その陽太の目の前には明日香の顔。

陽太の顔が憤怒の様相に変わるが、明日香は悪戯の手を抜こうとはしなかった。


「怖くてオレとスパーもできねーのかよ」


終わった。桜庭の怒りは最頂点であろうと陽太はゆっくりと振り返った。

すでに、上着を脱ぎグローブをハメてる桜庭の姿がそこにある。


「オイ。彼にグローブをつけてやれ」


と門下生への命令。

陽太に休日などなかったのだ。

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