第101話 信頼と悪戯
大天狗は郷の者の方を向いて高らかに宣言する。
「新しい大天狗の誕生じゃ! さぁ! 三峰も九郎も関係なく、お社の大広間で宴を開こうではないか!」
それに「わぁ!」と大歓声。
みんな、それぞれお社の中に消えて行った。
残されたのは、陽太たち四人。そして竹丸の兄である次期大天狗松丸である。
「さ、竹丸とお客人も中に入られませ」
「いえ、大僧正さま」
「なんぞ?」
「それでは、ワタクシの婚約者はどこに行ってしまったのでしょう? どこかで狐と入れ替わってしまったはず。我々は探さなくてはなりません。ですので、ここで暇を乞いたいと思います」
「そうか。そうじゃのう。竹丸も心配であろう。あい分かった。では、婚約者の狐娘娘によろしくと」
「はい。え?」
「ふふ」
そういって、松丸はお社の中に入って行った。
狐娘娘とは、狐の仙女と言う意味。
松丸は一人、前野が昔の義理で大天狗が恥をかかないよう取計らったのが分かったのであろう。
竹丸はその気持ちを受け取って笑顔になった。
陽太たちは前野を捜して長い階段を下って行くと、蓬莱山の入り口で前野が待っていた。
「よ!」
「なに? どーゆーことっスか師匠」
「まぁ、弟弟子の門出にタマちゃんが悪者になってやったって話」
陽太にはまだ分けが分かっていない。分からないけど複雑な事情があるのだろう。
後で明日香に聞けばいいかと思ったところで、竹丸は前野に近づいて黙って彼女を抱きしめた。
「わ……」
「辛い思いさせて……」
「……うん」
「ワタクシが一生守りますから……」
「んふ。期待してます」
完全に陽太と明日香の存在を忘れたように抱きついている二人。
陽太は呆気にとられていたが、明日香はその様子をジッと見ていた。
「ほ、ほう」
ドキリ。陽太は赤い顔をした。明日香がまた新たなものに興味持ち始めている。
またやってみようと言われる。あの夜の未遂を思い出し、どうにか続きがあるのではないかと期待した。
明日香は陽太の方を向く。
「信頼関係か……」
期待しているモノとは違う答え。少しばかり陽太はガッカリする。
「なかなか良いものだ」
「うん。そうだね」
竹丸は前野との抱擁を解いて陽太たちの方を振り向いてニコリと笑う。
「アッちゃんさん」
「ん~?」
「神の叡智をもつあなたが気付かないはずないでしょ? 大きくなって場外負けになるくらい分かってたでしょ?」
そう言うと、明日香は腹を抱えてキャラキャラと笑い出した。
「あー! おかしい! 気分爽快。あの時の天狗たちの慌てた顔と言ったら最高!」
涙を流しながらの大爆笑。
彼らにとっては二千年の悲願。
今度は竹丸の顔に憤怒の隈取りが現れた。
「アッちゃんさんは本日の夕食とアイス抜き!」
「あん! なんなの! 無償でやってやったのに!」
「もう、いたずらの度が過ぎます! 反省しなさい!」
「した! もうしたよ!」
「嘘つき!」
「ホント!」
そのやりとりを、陽太と前野は微笑ましく見ていた。
それから旅館に帰ると、陽太は魔力の使い過ぎで部屋にドウと倒れて意識を失った。
完全なる電池切れ。明日香はそんな陽太に膝枕をしていた。
「かわいー! 超かわいいと思わない? タマちゃん!」
「いや1ミリも思わない」
明日香に抱かれてそのまま朝まで目が覚めなかった。
次の日母に別れを告げ、通常の生活に戻った。
その後、大天狗は無事に天に入り神仙になれたらしい。
竹丸の話では、九郎側に不正があったことを九郎の大丸大和尚の調べで分かり、それを告発。大丸は松丸に謝罪し、ことは全て治まったということであった。
陽太の尊敬する男がいた。それは格闘家の新人王。
偶然の出会いだったが、明日香のイタズラで戦うことになってしまう。
次回「格闘家新人王 桜庭一至篇」。
ご期待ください。




