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第100話 狐二娘と狆叔

その時、帽子を放り投げる前野と目が合う。

前野は目を血走らせて叫んだ。


「ちょっとまて! 狆叔ちんしゅく!」

「ん? 聞き覚えのある声」


大天狗と観客が前野の方を見ると、彼女は長い髪を後ろにまとめて留め、その顔を晒した。

大天狗が驚いた顔に変わる。


「う、うわ! 狐二娘こじじょう!」


大天狗、蓬莱山空珍ほうらいさんくうちんの元の名前は狆叔ちんしゅく。これは野良犬の次男を示す適当な名前だ。続いて前野の元の名は狐二娘こじじょう。これも野原で普通に生まれた狐の次女を示す。二人は動物でありながら同じ境遇で修行し、同じく神仙を目指したととれた。


「あんたねぇ! 黙って聞いてりゃ言いたい放題言ってくれたね! 誰が関係を迫ったって!?」

「い、いや、そのう……」


前野は柳眉を吊り上げて高く舞い上がり、天狗の石の大畳の上に着地すると中国風の髪型に白い長い袖の服を着ていた。

対す大天狗も、大きな犬の姿から白い服を着た中国人風の若い男の姿になっていた。

当時の修行の姿なのだろう。


二人の言語が変わる。それは並みいるものは誰も分からない。

おそらく古代中国語で話しているようで何を言ってるのか分からなかったのだ。


「や、やぁ。二娘じじょう。ひ、久しぶり!」

「なにが久しぶりよ! なんだって? もう一回言ってみな!」


「いや。あの。その。あはは」


たじろぐ大天狗。前野は指を指して当時に戻って詰問しているようだった。


しゅく! アンタよくもデタラメ並べて呉れたねぇ! 全く逆じゃない! アンタがずっと言いよってたくせに! それを2000年間も弟子達に吹聴してたの?」

「いえ! まさか、二娘じじょう……。そんな。今日初めてで」


「ウチが、今日づけで山を下りる。地上に戻るわって言ったら、アンタ、なにをしたか憶えてる? じゃ、一度だけ思いを通じさせて下さいって襲いかかってきたよねぇ!」

阿二娘じじょうちゃんその辺で……」


「ウチは誘惑の術で幻術見せてる間に逃げたけど、必死でウチの寝台に腰を振って果てちゃってたんだって? アンタそれ見つかって追放されたんでしょ?」

「え? あれ、幻術だったの?」


「そうだよ。気付かないなんて修行が足りん!」

「ウソ……。ワシの二千年間のいい思い出だったのに。ああ!」


大天狗の一度だけの俗な思い。それは前野に対する本物の恋心。

彼女は還俗してしまったが、一度思いを遂げたことが二千年の心の支えであったのだ。

だがそれは前野得意の幻術であったことを知り嘆息したが前野は容赦しなかった。


「謝んな」

「え?」


「逆でした。儂が襲いかかった俗物でしたって、弟子達にいいな」

「いやぁ、それは……」


「いいよ。じゃぁ、ウチが言うから」

「ちょっと! ちょっと!」


一同には若者姿の大天狗がそうとう慌てて前野の肩を掴んでいる。

そう見えた。前野はその肩を振り払おうとしていたが、そこにもう一人、古代中国語で割って入る者がいた。


「まぁまぁ、阿玉(タマちゃん)


そう。明日香である。彼女が前野に近づくと前野から怒りが消えて行くようだった。


「あ。やっぱ阿明(アッちゃん)には分かるんだ」

「うん分かる。この人、許してあげなよ。二千年も威厳を誇ってて、ここでそんなことしたら、タケのお兄さんも大天狗の位につけないかもしれないよ?」


「うん。するつもりはなかったよ。だから言葉も変えてやったの。ちょっと懲らしめたくて」

「そっか」


大天狗は、二人に向かって頭を下げた。


「すいません」

「ま、いいでしょ。アンタも神仙になるんだし。もう会えなくなるわけだから」


「う、うん。あのぉ……」

「なによ」


「竹丸とは、婚約?」

「うん。大好きなの」


「そ、そっか」

「アンタも、心置きなく神仙になりな」


「は、はい」

「ふふ」


三人が話している言葉は分からない。だが穏やかな様子だと見ている者は思ったが、前野の顔に隈取りが浮かび上がったと思うと、口が大きく割け目が吊り上がり、見る見る狐の顔に変化してしまった。

そしてなにやら苦しむ様子である。

前野はその場に倒れ込み息も絶え絶えといった風であったが、やがて大きく宙返りすると、とても大きな化けギツネになって、大天狗のお社の上に乗り、こちらを見据えた。


「くぅぅぅ! おのれ狆叔ちんしゅく! またも邪魔をしてやろうと思うたが、失敗じゃ! 竹丸の女と入れ替わり忍び込んで見ゆれば見破られたか! おのれ口惜しや! やすやすと天に登らせまいぞ! 登らせまいぞ!」


そう叫んだ後にコーンと一声叫ぶと、かき消えてしまった。

陽太も竹丸も呆然。すると大天狗が空咳を打った。


「……う、うん! な、なんとか術は成功したようじゃ」


それに郷の者から興る歓声。

良くは分からないが大天狗が自らの術で脅威を避けたそんな風に見えたのだ。


「ま、まぁ、あの女狐も仙人では名のある者。儂は邪魔をされても決して恨みはせん。の、のう。竹丸」


そう言いながら竹丸の肩を叩いた。


「は、はぁ……」


そこに明日香が近づいて竹丸になにやら耳打ちをすると竹丸の顔が笑顔になった。

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