第10話 危機到来
学校からアパートに向かって二人並んで帰る。
陽太は肩を落とし、明日香は辺りに興味を持ちながらキョロキョロしていた。
「なんで?」
「ん?」
「あんなウソを」
「ウソ? ウソだと思ったのか? 教師の方には耳を傾け余の言葉を聞けぬとはなんとも憐れな。余もなめられたものだ」
と明日香は少しだけ目を青く光らせた。
「いや。だってオレには分からないんだもの。死神だって言って、オレが慌てる姿が見たいんじゃないの?」
「はっはっは。たしかに足下が慌てる姿は珍妙で愉快ではあるが、そうではない。余はあやつの正体が見えるが、あやつは余のことは見えぬ。魔力の量が違うからな」
「ホント? そう言って地上で大暴れしたいとかじゃないの?」
「まさか。余を愚弄するか? よく思い返してみよ。最近、学校内で不審な死を遂げたものはおらんか?」
明日香の言う通りだった。
考えてみるといる。一人二人ではない。
五指に足りないくらいの量だ。その度に全校集会が開かれていたのを思い出した。
だがマンモス校で人が多い。不慮な事故は仕方ないと思っていた。
「体育の授業で心臓発作、先生の心筋梗塞や動脈瘤破裂。いじめを悲観して自殺。どうだ。その辺であろう」
当たっていた。全ての内容は把握はしていない。だが普通そんなもではないのか? 陽太は未だに半信半疑だ。
「調べてみよ。宮川が赴任してから増えているはずだ。本当にお前たちは危機感がないというか」
「そうだね。分った。調べてみるよ。それではっきりするのなら」
「有り難くも余も無償で協力してやろう」
「〜~~それはそれは、ありがたき幸せ」
次の日。明日香と共に図書室で調べる。
新聞や学校報。先生が赴任してからの時期。たしかに増えてる。
それもかなりの量。明らかに異常な量だった。
「ふむ。これなぞすごいではないか。赴任してから一週間後にいじめを悲観して自殺。いじめていたものが罪を恐れて自殺。その友人も罪の業に耐えられず自殺。その恋人も自殺だ。連鎖、連鎖、連鎖だ」
「ほ、ホントだ」
明日香が広げた新聞をじっくりと見ていると、
「ね? 言ったとおりでしょ?」
明日香の口調が変わった。
新聞を見ながら顔を上げてみると、明日香の後ろに教師宮川。
明日香もそれに合わせてニヤつきながら振り返った。
「あーら。先生。全然気づきませんでしたわ」
「多少、霊感が強いみたいね。ロドーアスカさん?」
「霊感?」
「私が後ろに立ってることに気付いたでしょ。人よりも第六感が優れてるのかもね。でも、正体とかなんとか変なこと触れ回るのはやめて頂戴。先生怒るわよ?」
「あら。殺しますか? 私のこと」
教師宮川は、明日香に対してグイっと顔を近づけた。
「いーかげんにしてちょーだい!」
陽太の背中に冷たい汗が滴った。
「アナタ達は若いですから知らず知らずに危険な遊びに手を染めたりします。エンジェルさんとか。廃屋に行ったりとか。変な遊びはしないことです。命を落としかねませんよ!?」
「ふーん」
「お、おい。アスカ?」
「まだ子供なんですからね。そこまでにしておきなさい」
と言って、二人の調べている資料を閉じて、それをしまって行ってしまった。
宮川のその体が図書室から出て行くと、明日香はいつものように笑い出した。
「はっはっはっは。愉快。痛快。尻尾を巻いて逃げ出したか」
「なにが痛快だよ。完全に目を付けられちゃったじゃないか」
「ふむ。そうだな。ヤツは余のことを人間だと思っているようだから、下手な手を打って来るやもしれんが」
「が? しれんがってなに?」
「まぁ、余を攻撃してくる分にはどーにでもなるだろう。どれどれ。今日の学校も面白かったわい。帰るとするか。余について参れ!」
ついて参れもなにも、自分の部屋だよ。と思う陽太。
しかも、『余を攻撃してくる分には』。自分が入っていない。その辺どうなんですか? と思うしかなかった。
夜。陽太はいつものようにベッドで横になると、明日香は窓をあけることなく、夜の生き物に姿を変えて夜遊びに出て行った。
陽太は天井を見ながらため息をついて、物思いにふけっていた。
──はぁ。こんなところ母さんには見せられないな。
──母さんは、父さんが死んだ後に住み込みで旅館で働いている。そしてオレのことをこうして高校に行かせてくれてる。
──早く母を楽にさせてあげたい。
──オレの生命保険。いくらだろうか?
──それで、小さい家でも建てて新しい人生を歩んで欲しい。
──ん? なんだろう。この気持ち。
──オレは母さんのお荷物だ。
──え? なんで?
──オレさえいなきゃ。
──いや、そんなことないだろ?
──猛烈に死にたくなってきた。
陽太はパジャマを脱いで、制服に着替えフラフラと学校に向かって歩き出した。
気がつくと陽太は学校の屋上のフェンスの上にいた。
靴を脱いで、ご丁寧に遺書まで靴の上に置いて。
一歩踏み出せば飛び降りる場所にいたのだった。




