みちみち
今日、 初めて塾をサボった。
正確にはこれからサボるつもりだった。
半年後に受験を控える身にも関わらず。
指定されている時間までは、 あと30分ほどだ。
ゆっくり歩いても全然余裕で間に合う。
そんな僅か数百メートルの目的地でさえ足が重い。
憂鬱に感じることはこれまでも幾度かあった。
その時は、 好きなアーティストの音楽を聴いたり、 買い食いをしてみたり、 着いた先には友達が居るから、 と何かと奮起させてきた。
でも、 なぜか、 今日は前向きな気持ちになれなかった。
寄り道した先の公園では子供たちが帰り始めている。
背付きのベンチに吸い寄せられるようなかたちで座り込む。
そうして時間が、 時計の針だけが進んで行った。
どれくらいボーッとしていたのだろう。
気づいた頃には辺りは暗く、 人影も無くなっていた。
もう、 今更行ったって怒られるだけだろう。
それかそもそも居ないことに気付かれてないか。
今帰ったら不自然に思われるだろうか。
どうやって時間を潰そうか。
と、 色々考えていると
「隣、 いいか? 」
「あ、 はい、どう…ぞ 」
反射的に答えながら、 そのぶっきらぼうな言葉の主を見ると、 そこにはなかなかに髪の長いチャラい恰好青年が立っていた。
…どこかで見たことありそうな、 、 いや気のせいか。 こんなチャラい知り合いはいない。
しかしおかしな感想だが、 大人びたチャラさ、 どこか落ち着いた雰囲気のあるチャラさだと感じた。
いや、 どれだけ大人びていても今まで好んで関わってこなかった人種だ。
出来るなら今回も避けて通りたい道だ。
だからといって、 隣に座った直後に立たれるのも気分のいいものではないだろう。
どうする。 どうする。
ひとり悶々としていると
「別に、 取って食いやしねえし、 カツアゲもしねえよ。 」
色々と見透かされたようだ。
あ、 はい、 としか答えられないが、 どうしていいかわからないことに変わりはない。
「なんか悩んでんのか? 」
また見透かされた。
いや、 今自分は何か悩んでいるのだろうか?
「わ、 、 からない、 です。 」
俯きながらだが、 正直に答えたつもりだった。
男は一瞬、目を丸くしたが
「わかんねえのか! そうかそうか! わかんねえか! ハハハハハ! 」
前を向いて笑いだした。
予想外の反応だったが、 そこには侮蔑も同情も見えなかった。
ただ真っ直ぐ笑い飛ばしてくれたように思えた。
「はあ、 さてはお前、 塾サボったな? 」
な…!
「な…んで、 わかったんですか。 」
単純な疑問だったが、 そういう人たちからしたら"サボる"は当たり前の選択肢なのかもしれない。
「いや、 " やってしまった " って、 顔に書いてあるよ。 夜の公園で、 鞄抱えた少年少女が、 申し訳なさと後悔を醸し出してたら、 そりゃあ家出かサボりのどっちかだろ (笑) 」
時間的に塾サボり組かな、 と思いカマかけただけだと言う。
見た目に反して、 人のことをよく見てるのかもしれない。
「なあ、 」
と男が切り出す。
「俺に、 お前の悩みを解決するチカラも無いし、 サボりを説教できる立場でもないけどさ、 する事ないなら、 ちっと話聞いてくんねえか? 」
正直、 急に何言い出したんだこの男、 と思った。 初対面のやつにここまで馴れ馴れしく来られるのは疲れる。
ただ
ただ、 ほんの少し、 この男の話を聞いてみたいとも思った。
この男の観察眼やら口調やらに惹かれたのかもしれない。
(これでもし宗教勧誘とか壺販売とかだったら逃げよう。 )
念のために、 保険をかけるために、 時間を確認する"フリ"をして、 少しだけなら、 と答えた。
***
今日さ、 っていうかさっきだな、 電車乗ってたんだよ。
ちょっと前に足折っちまったんだけど、 つい最近やっと杖無しで歩けるようになってな、 リハビリも兼ねて遠出してたんさ。
んで、 その帰り、 やっぱちょっとガタがきちまったもんで、 電車で席見つけて座ってたんだ。
そしたらその次の駅か、 乗ってきたジジイ…ん、 いや、 年配の方がたまたま俺の近くに来てな。
いや、 俺だって普段ならちゃんと譲るぜ? こんな見た目してっけど。
んでも、 今回ばっかりは俺は怪我人な上にふんぞり返ってたわけでもないんだぜ?
そしたら、 真面目そーなスーツの男がさ、 年配の方に席を譲れってまくし立ててきたんだよ。
向かい側に座ってたオバサンたちもひそひそひそひそ、 良くないわよねえ、 とか言い始めてよ。
まあでも、 見た目こんなだし、 事荒立てんのも面倒だから言われたまま譲ったんだよ、 そのジジ…年配に。
立ち上がって、 ちょっと動くのにも脚引きづっちまって。
でも、 そのスーツマン、 そんなことには気づきもしないんだぜ?
オバサンはオバサンでそのスーツマンに、 偉いわねえ、 とか言ってるしよ。
すげー居心地悪くなってさ、 目的地手前で降りようとしたんだ。
そしたら、 そのジジイ、 俺が降りる直前に脚に気付いたらしくて、 すげー労ってくれたんだよな。
そん時はシンプルに嬉しかったよ。
でもそれ傍から見たら、 電車内で不良に注意したリーマンとそんな不良にもちゃんと御礼を言うお年寄り、 っていうただ俺が悪者なシナリオなんだよな。
***
「結局、 誰が正しいか何が正しいかなんてわかんねえんだよな。 当事者以外には特にさ。 」
男は膝の上で組んだ手に顎を乗せ遠くを見つめていた。
なんて言葉をかけるべきか迷っていると、 男はその体勢のまま続けた。
「好きな恰好、 ちょっと奇抜な恰好なんて、 若いうちにしか出来ねえじゃん。 」
その言葉は少しの哀しさ寂しさと芯の覚悟を感じさせた。
男は すっ と立ち上がり言った。
「わりぃな、 つまんねえ話して。 ただ悩むことも藻掻くことも、 " 今 " しか出来ねえことだと思うんよ俺は。 」
「どうする? 俺はもうスッキリしたけど、 お前も吐き出しとくか? 聞くぜ? 」
男は自分と違って、 自分に正直だった。
自分のやりたいことに素直だった。
「おれ、 は… 」
口が勝手に動いた。
言葉が勝手に出てきた。
いや、
脳が、 頭が、 感情が、 モヤモヤを吐き出せと言っていた。
「俺は○○大学に行きたいんです。 でも、 やりたいこととか特に決まってなくて。 ただ漠然と。 」
「周りは俺と違って、 きちんと夢があって目標があって、 それに向かっていってるのに、 自分だけそこに止まったままで。 ずっともやもや、 頭の中で藻掻いてて。 」
「ずっと、 どうしていいか判らなくて、 でも全部投げ出す勇気も無くて。 俺は、 俺が何がしたいのか自分で自分がわからなくなってきたんです。 」
ふんふん、 と男は今度は相槌を打ちながらこちらの話に耳を傾けてくれる。
無責任な思考だが、 この男なら解決してくれるんじゃないかと思っていた。
それじゃなくたって、 どうせ一度きりの会話だ。
今後会うこともない相手だ。
吐き出すだけ吐き出してやろうと思った。
「そこ、 その大学な、 俺実はそこ出てるんだわ。 話聞いてる限り、 お前はすごく合うと思うよ。 だからさ、 夢 とか やりたいこと なんてそこで見つければいいんじゃねえかな。 」
「だいたい、 この先五十年六十年まで響くような人生進路を高々十数年しか生きてない価値観で決めろっつー方が難しい話だろ。 ゆっくりでもいいんだよ、 ゆっくりでも。 」
「んでしかも、 聞けばお前、 ちゃんと藻掻いてるんじゃんか。 藻掻いてる限り止まってねえよ。 ちゃんと動けてる。 だからまだ投げ出さない方がいいと思うぜ。 」
「あと、 ちょいインテリぶったこと言うけどな、 どんな選択したって隣の芝生は青く見えるんだよ。 心配しなくても質も色も量も全部同じだ。 ただちょっと生え方伸び方が違うだけ。 どっちも間違いじゃない。 」
「…と、 そろそろ帰んな。 自信持て。
こんな先輩だけど、 背中くらい押しといてやるさ。 」
別れ際に名刺を貰った。
その辺はちゃんと社会人してるらしい。
家に帰って、 その名前をよく見るとどこか見覚えがあった。
え
ちょっと
まて、 おい
もしかして…
申し訳ないと思いつつ、 その名前で検索をかけてみたら、 やはりそうだった。
ずっと好きで、 最近売れてきたアーティストグループの一人だ。
服装はさっきの男の方が奇抜だったが、 顔はさっきの男と全く同じ。
出身校を調べて見ても、 、 一致していた。
脚の骨折まで。
は
嘘だろ、 おいおい。 まじかよ。
そのグループの楽曲を塾前に聞いてモチベーションを上げていた。
少し前からずっと支えになっていた。
背中を押してくれていた。
なんだよ、 くそ
ずっと背中押してくれてたんじゃねえか、 先輩。
くそ、
、 。
パンッ と一回頬を叩き、 机に向かった。
また頑張れそうだ。
その日、 その男のアーティストとしてのブログに少年との出来事が綴られていた。
" 夢 " という夢を追いかけて藻掻く少年と会った。
その子と同時期の自分と話してるみたいだった。
がんばれよ少年、 俺は背中を押すくらいしか出来ないけどな!
どーもイルミネです
青春群像劇になってるでしょうか
・道
・未知
・満ち満ち
そこに、導く を加えた4つのテーマでした。