シンデレラと継母
私はどこで間違ってしまったのだろうか
◆ ◇ ◆
「わぁ、すごいお家!」
「お母様っ、見て回ってもいいかしら」
「良いけど……ほどほどにしなさいよ?」
私は、はしゃぐ娘達に呆れながらもそう言った。
今、私達の目の前にあるのは大きなお屋敷。愛する人の――今は亡き人の家。
正直、彼が亡くなってから私は一時期生きる気力さえも失っていた。
でも、そんな私を前に進ませてくれたのも彼だった。
ある日見つけた、彼からの手紙。
手紙と共に入っていたのは小さな地図と鍵。
彼には、前の妻との間に娘がいる。そのことはずっと前から知っていた。
その娘のことを今まで一人で育てて来ていたことも。溺愛していたことも。
私がこの屋敷にやってきたのは、そんな彼の娘と共に暮らしていくためだ。
「はじめまして、シンデレラと申します。よろしくお願いします」
思ったよりも礼儀正しい少女で私は驚きを隠せない。
彼の話ではお転婆な少女だときいていたから。
私は優しく微笑んで
「よろしく、シンデレラ」
と挨拶をした。
――夜
「はぁ……」
疲れた。
慣れないお屋敷では、新しい娘――シンデレラに迷惑をかけてばかりだった。
それに、実の娘二人は働かずに遊んでいるばかり。
「やっぱり、向いてないのかしら……」
自慢ではないが私は今まで家事をしてこなかったし、しなくて良かった。
この家よりも大きくはないけれど、母も父も貴族で、この家よりも使用人は多かった。
それにシンデレラへの接し方に戸惑っているのもあると思う。
シンデレラはあの人の娘だとしても私とは血の繋がっていないただの他人なのだ。
どう接していいか分からない。
彼も最初はそうだったのだろうか?
私の連れてきた娘達二人はあの人の子供ではない。
私と前の夫との子だった。
でも、あの人はそんな血の繋がっていない娘二人にも家族のように優しく接してくれていた。
私も彼のようになれるだろうか。否、ならなくてはならない。
「私、頑張りますわ」
私は窓から見える星たちに向かって微笑んだ。
◆ ◇ ◆
まずは厳しく接しようと思う。
実の娘達は私が甘やかし過ぎてしまったから我が儘に育ってしまったのだ。
なら、シンデレラには真面目に真っ直ぐに育ってほしい。
だから私は、家事の全てを彼女へと任せることにした。
そして、その分実の娘達より彼女に優しくする。
我ながら、なんて出来た計画だろう。
私は満足気に微笑んだ。
――数日後
「あなたばっかり、お母様に贔屓されてずるいわ!」
「あなたはただのこの家の使用人のくせに!!」
廊下を歩いていた私の耳にそんな声が届き、私は足を止めた。
その声は紛れもなく、私の実の娘達の声。そして、その言葉の先にいたのは――シンデレラ。
「あなた達――」
私は怒りのあまり、娘達のもとへ走りよって叩こうとした。が、
「すみません……お嬢様」
なんていう言葉に足が止まった。
――シンデレラ、彼女達はあなたの義理の姉なの、よ?家族、なのに……
このとき、私は娘達を叱ったほうが良かったのかもしれない。
でも、私はこのとき逃げ出してしまった。彼女に、シンデレラにバレないように。
思えばこのときから歯車が狂ってしまったのかもしれない――。
◆ ◇ ◆
あの日から私はシンデレラを避けるようになった。
これ以上、彼女といれば彼女に迷惑をかけてしまうと思ったから。
ある日、彼女の掃除中にバケツの水をこぼしてしまった。
私は慌てて謝ろうとした。でも、できなかった。近くには実の娘達もいたからだ。
もしかしたら、私が拭くのを手伝うことさえも迷惑になるかもしれない。
それが、怖かった。
「申し訳ございません。奥様」
「あ――」
私が何も出来ないでいるといつの間にかシンデレラは片付けを終わらせていた。
そして、立ち上がってどこかへと行ってしまった。
――夜
「どうすれば良かったのかしら……?」
私のつぶやきに答えてくれる人はもういない。
私のことを「奥様」と言った彼女の声は耳にずっと残って離れない。
でも、厳しくしないと。
これからも、ずっと。
それが、彼女のためなのだから――。
◆ ◇ ◆
「お母様っ、舞踏会は私達は行けるんですのよねっ!」
「王子様に選ばれるように美しくしなくては!」
「そうね、ドレスはたくさんあったはずだわ」
今日はお城で舞踏会がある。
そのせいで実の娘達は朝からソワソワしていて落ち着きがない。
でも、舞踏会には危ない大人達もいる。
美しく育ったシンデレラが行くと危険だ。攫われたり、彼女に何かあれば私は彼になんと謝っていいかわからない。
だから、私は「家にいなさい」と言った。彼女はいつもと変わらない様子でただ「分かりました」とだけ答えた。
――夜。舞踏会にて
「シン、デレラ……?」
「なぜ、あの子がここにっ……!」
実の娘達の視線の先に私も目を向けると――そこにはシンデレラがいた。
私は帰らせようと口を開くが、すぐにそれは必要ないと悟る。
彼女の金色の髪はシャンデリアに照らされ、水色のドレスは彼女が動く度にふわりと広がる。
一緒にいたのは王子様で。
幸せそうに笑い合っている二人はとてもお似合いだった。
私がシンデレラのあんな笑顔を見るのは初めてだった。
「あんなふうに笑うのね……」
彼女が素敵な人に出会えたようで嬉しい反面、何だか胸がチクリと傷んだ。
◆ ◇ ◆
「おめでとうございます、王子様」
「素敵な方ですね」
舞踏会の数日後、王子はガラスの靴を持って屋敷を訪ねてきた。
そして、舞踏会の少女がシンデレラだと分かると、その場でプロポーズ。
王子様が跪きバラと指輪を差し出すと、シンデレラはとても幸せそうに笑った。
そして、今日は盛大な結婚式。
ウエディングドレス姿の彼女は王子様の隣で優しく微笑んでいた。
一気に遠くなってしまった彼女の美しさに私は目を細める。
「おめでとう、シンデレラ」
きっと、ここで言っても彼女には届かないだろう。それでも構わない。
私は最後まで意地悪な継母でいる。それが、一晩考え抜いた結果だった。
少しだけ、胸が痛いけれど、彼女が幸せなら、それでいい。
私は彼女のいる方向に背を向けて歩きだそうとした。
そのとき――
「お母様!ありがとうございました……」
そんな声が後ろから聞こえた。
驚いて振り向くと、そこにはシンデレラが優しく笑っていて。
私は、溢れそうな涙を抑えながら微笑み、大きな声で――
「おめでとう、愛する娘。幸せになりなさい!!」
あけましておめでとうございます。
初めて、少し切ない感じの話を書いてみました。
ぜひぜひ、読んでいただけると嬉しいです