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流されて

短編です。二話で終わります。


 朦朧もうろうとする意識の中で見たものは、濡れた砂と、 ひたひたと寄せる水。


誰かに声をかけられた気がしたが、何を言われたのかもわからず、ただ眠くて、私は目を閉じた。




 次に目覚めたのはどこかの小屋の中。


 周りに積まれた漁具が生臭くて不快だった。でも身体が動かない。肌がヒリヒリして、頭が痛くて、腹が減っていた。


「ん……」


身体を動かしてみる。何かが落ちて、大きな音がした。


しばらくしてどこかの扉が開く音がした。




 大きな、髭のおじいさんが側に来て、何か声を発してる。


(クマのヌイグルミがしゃべってる)


グリズリーみたいな灰色の毛をした熊、のおじいさんだ。


何を話しているのか全くわからないので、ぼんやりとしていると、おじいさんが部屋のどこかから小さなかめのような物を持って来た。


そして、その中のモノをすくって私の顔に掛けた。


 水だった。唇が勝手に動いて、顔に掛かった水滴をしきりに口に入れようとする。


おじいさんが身体を起こしてくれて、茶碗のような物に入れた水を飲ませてくれた。


私は何の抵抗もなく、ガブガブ飲んだ。飲むだけでも疲れて、また眠くなった。


何故かおじいさんに頭を撫でられ、ゆっくりと寝かされる。


しばらくしておじいさんは出て行った。




 そこは港町だった。


私はどこかで海に落ちて、ここに流れ着いたらしい。


そして熊の姿をした漁師のおじいさんに浜辺で出会い、命を救われた。


今までの記憶が全く無く、おじいさんや他の人々が話している言葉が解らない。


そんな私に漁師のおじいさんが食事や薬を与えてくれたおかげで何とか回復した。


やがて動けるようにはなったが、改めて自分の身体を見て、驚き、絶望した。


(どうして……)


まわりの人達は皆、獣人だった。だから私も自分が獣人でも驚かなかったと思う。


だけど現実は、私だけが異質な『人型』と呼ばれる人間だった。


しかもオトコだなんてー。




「ここでいいなら、しばらくは養ってやろう」


言葉はわからないが、熊のおじいさんは見た目よりずっと優しいのはわかった。


『ハート』


おじいさんが、呼ぶのに不便だからと名前を付けてくれた。


身ぶり手ぶりで意思の疎通を図り、食事と寝床は何とかなっている。


夜明けと共に起き出して、漁の手伝いに出る。


でも力仕事がなんにも出来なかった。情け無いほど網を引く力も無く、魚を捕ることも出来ない。


おじいさんに呆れられ、細々とした家事や漁具の修繕をして過ごすことになった。


「役立たずを拾った」と漁師仲間に笑われているようで、おじいさんには申し訳ない気持ちでいっぱいだった。




 だけど、段々と寒くなって、海が荒れて漁に出られなくなると、おじいさんも暇になった。


ある日、知り合いらしいおばさんを連れて来た。


黒い毛の小柄な熊っぽいおばさんだ。


最初に目が覚めた小屋にずっと置いてもらっていたが、ほとんど何もないに等しい荷物をまとめられ、おばさんについて行けという手ぶりをされた。




 追い出されるのだとわかった。


おじいさんの暮らしぶりを見ていれば、本当は私のような厄介者を養う余裕などないのはわかっていた。


(今までありがとう、おじいさん)


漁師のおじいさんに頭を下げる。


少しだけ悲しくなったけど、私自身が何も出来ないのだから仕方がない。


おじいさんはすぐに後ろを向いてしまい、別れの言葉もなかった。




 私は小柄なおばさんに港から町の中に連れて行かれた。


それまで海と港しか知らず、町の中に入るのは初めてである。


新しい職場は、町の通りより少し外れにあった。食堂だが、泊まれる部屋もあるという宿屋だ。


案内された私用の寝床は、裏庭にある物置小屋の中に衝立で仕切られた小さな空間だった。


生臭くないのはありがたかったが、しばらくすると波の音が恋しくなった。




 仕事は雑用全般。


店には他に料理人のゴツい、ゴリラっぽいオヤジさんと、通いの狸っぽい給仕のお姉さんがいた。


早起きは慣れてるから別にいいけど、やっぱり力が無くて重いものが運べなくて呆れられた。


だいたい掃除か、調理場の隅で野菜を洗ったり、皮を剥いたりしていた。こういうことは結構うまいのだ。


言葉が解らないのでずっと裏方で、客の相手をしなくていいのは楽だった。




でもある日、事件が起きる。




「邪魔よ、アンタ」


何を言われたのか、言葉は解らなくても態度でわかる。


仕事が終わって外に出ようとしたところで、給仕係のお姉さんに突き飛ばされる。


いつの間にか、彼女はイタチっぽい優男を連れていた。


雇い主であるおばさんは料理人のガタイのいいオヤジさんと、明日の献立の打ち合わせをしているので、こちらに気付いていない。


「へー、喋れないってのは本当なのか」


言葉というは、何度も同じ言葉を聞いて覚えるものらしい。「喋れない」は何度も説明してきたので覚えた。


今も黙っているだけで喋れない訳じゃないが、邪魔くさそうだったから無視した。


私は裏庭の小屋に戻ろうとしたが、二人は出入り口に立ちふさがっていた。




「なあ、金貸してくれよ。どうせ、使うこともないんだろう?」


優男の口から、何度も「金」という単語が出てきた。


それが目当てだったようだ。私にそんなお金なんてあるわけないのに。


そういえば、漁師のおじいさんにもらったお金がそのまま残っていたっけ。一体いくらぐらいあるのかさえ知らないけど。


「少しでいいんだ。しばらくしたら、そこのお姉さんが返してくれるからさ」


イタチのような優男が私の胸倉を掴み、イヤラしそうな顔を近づける。




 私が無表情のまま首を横に振ると、男に外に連れ出され店の裏口の扉が閉まる。狸のお姉さんが手に持つランプに火をつけた。


裏庭の小屋の前まで引きずられ、勝手に小屋の戸を開けられる。


「ここがお前の寝床か」


男がお姉さんに中に入るように言うと、お姉さんはランプを片手にしぶしぶ入って行く。




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