不登校の私がソシャゲから出てきた美少女に出会った話
「うっ……お腹空いた」
下腹部が渦を巻くような空腹で私は目覚めた。枕元に置いてあるスマホを手に取る。時刻は午後二時。自分が何時から寝ていて、いつから何も食べていないのか、自分でもよく分からなかった。
私はベットから下りてキッチンに向かった。手をかけようとしたドアの隙間から漏れてくる人工的な光を見て、私の心はきゅっと締まる。お母さんがいる。今日は私の嫌いな平日だ。この時間、普通なら私は学校に行っていないといけない。私は何か月か前から学校に行っていない。学校に行かなくなってから、お母さんとはうまくいっていない。
ぎゅるぎゅるとお腹が鳴った。私はキッチンに行くのをやめて、自分の部屋に戻った。部屋の中で何か食べるものを探したが、飴玉くらいしか見つからなかったので、仕方なくコンビニに買い物い行くことにした。適当な服に着替えて、家を出る。どこからか学校のチャイム音が聞こえてきて、背筋が凍りつきそうになった。私はポケットに入った携帯とイヤフォンを取り出して大音量で耳を塞いだ。いつの間にか、普通に街を歩くことすらできなくなってきていた。
コンビニの中は、案の定客が少なくがらんとしていた。私は菓子パンコーナーからあんぱんとクリームパンを取ってレジに向かった。眠たげな目をしたおじさんが、レジ袋にパン二つとお手拭きを入れる。
「ありがとうございました」
私はレジ袋を手に取ってコンビニを出た。私はコンビニからほど近い公園のベンチに、腰を下ろした。公園には誰もいない。私はイヤフォンを外して、パンを食べ始めた。透き通るような綺麗な青空を見上げながら、あるクラスメイトの事を思い出した。視線恐怖症の友達。あの子は今、ちゃんと学校に行っているのだろうか。あの子は学校に来ない私の事をどう思っているんだろうか。
クラスには入学当初からあまり行った覚えがない。長い間保健室登校をして、そして不登校になった。私は何故だか分からないが「人に悪口を言われている様な気がする」ため、人の集まる場所は苦手だった。特に同年代が集まるような所は本当に苦手だ。
私はこれからどうなるんだろうか。どうすればいいんだろうか。ふとした瞬間に強い不安感に飲み込まれそうになる。
「随分と浮かない顔をしてるじゃない」
いつの間にか私の隣に座っていた女の子が急に話しかけてきた。私は驚いてクリームパンを喉に詰まらせる。無理矢理飲み込むと、ぐっと喉が強制的に開かれたような、嫌な感じがした。女の子はそんな私を見てふふふと笑った。私はそんな女の子を横目に見て、少し動揺した。女の子はびっくりするほどの美人で、まるでモデルの様だった。私はこんなに容姿の整った人は、今まで見たことがなかった。
「どうかしたの?」
女の子は優雅に長い足を組んだ。女の子はしわ一つない制服を着ていて、高校生だろうかと思った。もしそうだったら、私と一緒でおさぼりさんなのかもしれない。急に話しかけられたことで、がっと上がった警戒心は、ゆるゆると溶けていった。
「……大丈夫、です」
私は食べかけのクリームパンをレジ袋の中にしまった。
「何か困った事でもあったのかしら?」
私はまたまたびっくりした。こんなに若い女の子が女言葉を使うなんて、とても珍しいと思ったからだ。
「困った事……」
それはまあ。色々と。考えれば考えるほど、困った事はいくらでも出てきて、自己嫌悪に陥る。
「……特にはないです」
「ふーん」
女の子は私の心の内を見透かしているようにも見えたが、それ以上何か言うことは無かった。
「私ね、ゲームの世界から来たの。ソーシャルネットワーキングサービスゲーム、いわゆるソシャゲってやつね」
「……はい?」
女の子の言ったことに理解が追いつかない私は「あー」とか「うーん」とか言葉にならない声を出す。
「元の世界に帰れなくて困っているの。今一緒に生活している女の子がいるのだけれど、その子が物凄くひねくれもので、いつも喧嘩ばかりなの……」
ここに来て初めて、女の子は浮かない表情を見せた。溜息を一つついて、どこか遠くを見つめる。
「まあ悪い子ではないんだけれどね」
伏せられたまつ毛はとても長く、綺麗だった。この女の子は本当にゲームの世界から来たのだろうか。私は未だに、女の子の言った事を信じ切れていなかった。
「家出してきちゃった。他に行く場所もないのだけれどね。当てもなくふらふらと歩いていたら貴女を見つけたもんだから」
女の子がいたずらっぽく微笑む、その笑みはとても魅力的で、私は心拍数が上がるのを感じた。
「お互い、大変ですね」
元の世界に戻れない女の子と、不登校の私と、悩みの重さは、目の前の女の子の方が圧倒的に大きいけれど、気が付いたら私はそんな事を口にしていた。もう少しこの女の子と一緒に喋りたいと思ったから、会話を続けようとしたのかもしれない。
女の子は私の言葉に大きな目をぱちくりとさせてから「そうね」と言って微笑んだ。
「ちょっと! こんなところにいたのー。探したよ、もう」
急に知らない声が聞こえて、その声のする方へ目を向けると、背の低いお姉さんが息を切らしながら、ぱたぱたとこちらにかけてきた。
「貴女わざわざこんなところまで来たの?」
女の子が面を食らったような顔をして立ち上がる。
もしかしたらこの人が、一緒に生活しているひねくれものの女の子なのかな、と思った。お姉さんは女の子をぎゅっと抱きしめると「心配したんだよ。本当」と今にも泣き出しそうな声で言った。
「……ごめんなさい、ありがとう」
女の子は戸惑いながらも、お姉さんを抱き返す。
なんだ、そこまで仲が悪いわけではないじゃないか、とその二人のやり取りを見ていた私は安心した。私は二人の邪魔をしないよう、黙って座っていたが、私に気が付いたお姉さんが「この子は?」と女の子に聞く。女の子は私に向かって優しく微笑むと「お友達よ」と誇らしげに言った。私は胸がぶわっとあったかくなるのを感じながら、お姉さんにぺこりと頭を下げた。
「へー。あんた友達とかつくれるんだ」
お姉さんが私と女の子を見ながらにやにやと笑うと、女の子が「当たり前じゃない」と堂々と胸を張って言った。
「早く家帰ろ。漫画書かなきゃ」
お姉さんがそう言って歩き出そうとする。私も家に帰ろうとレジ袋に手を伸ばすと、お姉さんが振り返って、私に向かって声をかけた。
「あ、そうだ。家遊びに来なよ。良かったら漫画手伝って」
「……いいんですか?」
私がそう言うとお姉さんがにっと笑って「えりかの大切なお友達だもんね。はりきってもてなすよ」と言った。私はそこで初めて女の子の名前がえりかであることを知った。
「さあ、行きましょう」
女の子が私の手を引っ張る。私はベンチから立ち上がった。
「ありがとう」
「こちらこそ」
私達は笑いあって歩き出した。