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またまた久しぶりの投稿です orz
アーシャは頑張った。エデンバッハ邸を去ったディックを恨みながらも、結局、色々と頑張った。
(だってルーデンス殿下もロベルト様も、みんなみんな本気なんだもの)
単なるダンスの名手として、ダンスのレッスンとマナーの再確認にだけ打ち込めばよいアーシャであった。しかし、自分の元へ寄越される教師の質の高さや贈られる衣装に装飾品の素晴らしさに加え、忙しい責務をこなしながらアーシャの世話をやく面々を見ていれば、何か自分もしなくてはならないと思うのは当たり前だろう。国の代表として踊ることに対して、最善を尽くさなければならないことが伝わってくるのだ。
(与えられた情報から色々推察するのは得意なのよねえ)
目の前にはエデンバッハ家第二家令のヨーゼフが居る。ロベルト付きである。一見穏やかな、糸目でニコニコしている控えめな紳士だ。年齢不詳で、やはりというか、何でも出来る万能家令でもある。
「本日のお茶はロベルト様がご愛飲しているものでございます。お嬢様のお気に召していただけましたなら幸いです」
「ヨーゼフさん、ありがたく頂きますわ」
彼のサポートは素晴らしく、庶民のアーシャをお客様として丁重に扱ってくれる。
以前のアーシャは令嬢としてのマナーは最低限のものしか身に付けていない。何とか貴族の一員であったくらいのものであった。
それが今、努力の甲斐もあって、洗練された身のこなしと謎めいた雰囲気をもつ、ダンスの達人にアーシャは成ったのである。
(今だけ、今だけ。ダンスのお披露目が終われば庶民のアーシャに戻れるんだから)
相変わらず、お貴族様の生活には執着も未練も無いアーシャであった。ダンスを踊ることは仕事と割り切っていた。
◇◇◇
「ハイ、そこでサイドステップ。半拍ためてぇ、軽やかジャンプからのキラキラターン」
ヴァイオリンの生演奏をバックにアーシャは広いダンスフロアで軽やかに踊る。腰に巻かれた薄布がヒラヒラと一緒に舞い踊る。
ニコニコしながら指示を出すのはレイヤードであった。
ーーゼイゼイ、ハアハア
額を流れる汗を拭きもせず、両手を膝について、肩で大きく息しているアーシャだった。
「こ、この振り付け、む、無理です。息が続きませんし、身体がバラバラになってしまいます」
「大丈夫、大丈夫。八割は出来ているよ。さすが、アーシャ嬢だね。うーん、体力足らないなら、エデンバッハ家入口の大階段の上り下りを朝晩最低20回しようね。そこら辺のお嬢さんの足首なんて象の足に見えるくらい、キュッと引き締まった魅力的な足首になるよ」
「…そんな足首要らないです…」
アーシャはつぶやくなり、サイドテーブルの上に置いてあったピッチャーを片手でグイと握り、グラスにドバドバとレモン水を注ぐ。ゴクリと飲み干し、手の甲で口を拭く。上品とは言えない、訓練中の兵士の様であった。
(これ社交ダンスじゃないし。どこの国の踊り子かって、レベルよ)
「疲れが残らないように、侍女ちゃん達が後でマッサージしてくれるでしょ。ちゃんとフォローはしてるから。それに相手が居れば、もっと楽に踊れるはずだし」
ロベルトと一緒にアーシャがダンスの練習をする日は少ない。しかし、レイヤードによる新作ダンスの練習と定番ダンス(高速スピードあり)はほぼ毎日ある。アーシャには課題として、ヒールのある靴を履いたままの階段昇降があり、庭園の散策という名の駆け足さえある。
マナーや所作のレッスンを受け、低カロリー高タンパクの美味しい食事をいただくという日々が続いている。
そしてその合間に施される全身マッサージと磨き上げ。パンパンに張る筋肉を柔らかく揉みほぐし、薫り高い香油を全身に塗り込めていく。ふくらはぎが発達した筋肉質な足にならないのは侍女達のお陰と言えるであろう。
アーシャの日に焼けて少し痛んだ髪も、かさついた肌も、今ではしっとり艶やかなものへと変化していた。
◇◇◇
「よぉっ。頑張っているようだな」
久しぶりに聞くディックの声に、アーシャは反射的に振り返った。