3
トアルクスの第2王女がエフェルナンド皇国を訪れる正式な日程が伝えられた。それにあわせて歓迎の舞踏会が開催される日程も霜降月の12日と正式に決まった。舞踏会まであと1ヶ月と少しといったところか。各地の収穫祭が終わり、今年の冬最初の、王家主催の大きな舞踏会となる。例年以上に皆の気合いが入りそうだ。
その打ち合わせのため、王宮治安相談部屋にルーデンス殿下と仲間達は集合となった。
「ランセル、ハーモニア王女の歓迎舞踏会の警備責任者は貴殿にお願いする。このところ各国との関係も良好だし、市民感情に際立った不満も見られないが、最厳重で気を引き締めて警備してくれ。」
「おう、最厳重でね。ロベルトは何の係をするんだ?」
「私の役割は総括責任者だ。関係者各位の進捗を確認し、調整する。レイヤードには会場運営責任者をお願いしたい。」
「はーい、了解。舞踏会の楽団は僕の楽団で良いよね。最近、ヴァイオリンの音色が良い感じなんだよ。皆に聞いてもらうのが楽しみだな。」
トアルクスの第2王女の名は、ハーモニア。絵姿でしか見かけたことはないが、フワフワの白金色の髪に淡いすみれ色のパッチリとした瞳がたいそう愛らしいと言われている。見た目同様に性格も可愛らしいと思われがちだが、負けず嫌いでこれと決めたことは極めるまでするとか……その一つであるダンスはかなり出来るらしい。
彼女のお得意のダンスで、超絶ステップを見せるなど、ケンカを売るようなものだろうに。ルーデンス殿下も人が悪いとしか言いようが無い。
隣りに座るルーデンス殿下をロベルトがそっと横目でうかがえば、相変わらずの王子さま顔で優雅に紅茶を楽しんでいる。歓迎舞踏会のことはこのメンバーに任せれば何の問題も無いと信じてくれることは喜ぶべきことだ。しかし、他の兄妹王族のお抱え貴族を差し置いての責任者となるロベルト達にとっては、将来のために失敗出来ないことなのだ。もちろん将来自分の妃になるかも知れない女性を迎える歓迎舞踏会を主催するルーデンス殿下だって失敗は許されない。
まあ、規模のもっと小さい舞踏会などは経験があるから、なんとかなるだろうとは思っているロベルトであった。
「ふむ、王女相手だと、警備には王都の奴らを使う以外に他からも人を呼ばないと足らないよなあ。近場でまとまった人数がいる皇国警備隊も使うか。」
「それならディック・エイゴルンを会場警備指揮で使ったらどうだ。アーシャ嬢をクールデン駐屯地から呼び寄せるから、一緒に馬車で連れて来れば良い。ランセルも知った奴の方が話が進めやすいだろう。」
「アーシャが王宮に来るの? 何で? 僕、聞いていないよ。」
黙って紅茶を飲んでいたルーデンス殿下が笑顔で話に加わる。
碧い瞳が嬉しそうに瞬いた。
「レイヤード、ダンスの名手を集めてエフェルナンドのダンスのレベルが上がっていることをトアルクスに見せてやろうじゃないか。舞踏会でアーシャがロベルトをパートナーにして超絶ステップダンスを皆の前で披露するんだよ。想像するだけで楽しくなるよね。新作の超絶ステップを二人に指導してやってくれないか。」
エッヘンと威張るように胸を張るルーデンスであった。
真剣に取り組めば大変なイベントの企画運営であるが、楽しそうな様子のルーデンスとその仲間達は夜が更けるまで和気あいあいと相談をしていた。相談が済めば実行あるのみ。優秀な皆さんは各自の役割を着々とこなしていった。
◇◇◇
「で、ランセル様が私のお迎えに来たという訳ですね。」
「で、俺もついでに王都に連れて行かれると。俺、そんなに暇そうに見えますかね。まあ、アーシャを一人で行かせるのも何ですから行きますけど。」
クールデンのエフェルナンド皇国警備隊の応接室でランセルは冷めた目をしたアーシャとディックに迎えられていた。
警備隊の視察を兼ねて、ロベルトの代理としてアーシャを迎えに来たのだ。
きっと喜んで王都へ来る訳では無いだろうとは思っていたが、久しぶりに会う自分に全く喜びを見せてくれないのは少々寂しいものであった。
こめかみを指でポリッと掻いて、困ったなと眉を下げて、ランセルは窓の外を見る。王都より北にあるクールデンの木々の葉は落ちた物も多い。すっかり秋も深まっていた。
クールデン駐屯地の事務局は急な訪問でも監査目的で指示した書類をサッとランセルに渡してきた。彼女が加わったことで更に段取りが良くなり、書類も見やすくなっている。ここでも良い仕事をしていることがわかる。相変わらず優秀なお嬢さんだ。
警備隊の面々からも可愛がられているようで、彼女を連れ去るランセルにむける視線はどれも不満げであった。
ランセルが乗ってきた馬車にアーシャとディックも乗り込んで王都へと向かっている。
アーシャを「大変だな」と他人事と見ていたディックも舞踏会の会場警備指揮として呼ばれたため、慌てて警備隊での仕事をやっつけて馬車に乗り込んだ次第だ。
ランセル相手に不機嫌を隠すことをしない2人の黙っている姿は大層恐ろしい。馬車の走る音だけが響いている。
「…今回、私は誰として王宮へ向かえば良いのですか?」
「へっ?」
しばらく続いた無言の中、ポツリとアーシャが言葉をこぼした。珍しく澄んだ金茶色の瞳が不安の色に揺れている。
「アーシャ・オルグだろ。」
腕を組み、馬車の窓の外を見ながら、当たり前のこととしてディックが返事を返す。
散々ルーデンス殿下に振り回されてきたのだ。まして今の身分は平民。貴族には逆らえない。アーシャは覚悟を決めて膝の上にある両手を握りしめた。