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貴族やめます庶民になります エトセトラ  作者: 妃 大和
ロベルトとアーシャに課せられたミッション
2/11

「アーシャさあん。」


 私はボビルスさん力作のスパイシーポークソテーの昼食を満喫して、足取りも軽く午後の執務に励むべく歩いて戻ろうとしていた。遠くからバタバタという足音が聞こえるくらい慌てた様子でマルチェ先輩事務官が駆け寄ってくる。

 彼が振り上げた手に持っているのは1通の封筒。真っ白いそれにデジャブを起こす私。


(嫌な予感がする…)


 立ち止まれば、目の前でマルチェ先輩が膝に両手をつき、ゼイゼイと肩で息をしていた。


「こ、こんなものがアーシャさん宛てに届きました。」


 私は目の前に差し出された白い封筒を受け取った。息を整えながら私の様子をうかがっているマルチェ先輩に「ありがとうございます」と会釈して封筒の裏を確認した。

 ……封蝋(ふうろう)王家(・・)印璽(いんじ)は無い。それは良かった。が、エデンバッハ家(・・・・・・・)の印璽が()してある。


 なに?! このいかにも正式である感が漂うロベルト様からの書状は。

 見なかったことにして捨ててしまいたいが、すでに多くの人の手を経て私へと届いたものだから、それも無理だ。

 一瞬固まった身体を何とか動かして、マルチェ先輩に「大丈夫です」とばかりにニコッと微笑んだ後、私は書状を読むべくクールデン駐屯地の事務室へと足早に戻ったのだった。


(忘れかけていたのにぃ。)


 ここエフェルナンド皇国警備隊クールデン駐屯地の、第2部隊副長ディック・エイゴルン付き秘書のアーシャ・オルグってのが今の私。実際ディックさんは優秀な人であり、更に平民出身の隊士さんなので、ほとんどの事をご自分でこなしてしまう。だから私が秘書としてすることなんて、ほとんど無い。第2部隊の人達との訓練時間も多い。私がするのは朝に一日のスケジュールの確認をして、たまに書類作りのお手伝いをするくらいだ。そのお手伝いも王宮治安相談部屋のものに比べたら格段に単純なものであった。

 そんなんで、秘書としての仕事が一通り片づくと事務局での仕事のお手伝いをしている。ディックさんの執務室の他に事務局にも、私はマイデスクを持っていたりするのだ。マルチェ先輩事務官の指導でバリバリ計算やら清書やらをこなしている。


 そのマルチェ先輩が可愛らしい容姿をくずして私の元へ封筒を持って来たのだ。マルチェ先輩、貴族だもんね。上位貴族のエデンバッハ家からの正式な書状となればあわてるよね。


 私はもう一度白い封筒を両手に持ち、ジッと見つめた。

 引き出しからペーパーナイフを取りだして、封を開ける。

 封筒から便せんを取り出せば、一緒に遠くなった王宮での日々の思い出まで取り出したような気がした。



「うぅー。」


 便せんに眼を通した後、私は机に突っ伏した。

 今の私はただの平民だ。この位許して欲しい。机に顎をのせたまま、両手を前に突き出す。…お手上げです。

 平民となった今、貴族の上下関係に縛られること無いはず。だけど貴族の命令には逆らえない。この便せんに記載されているのは、命令に近いお願いだ。


「大丈夫?」


 マルチェ先輩が心配して声をかけてきた。事務局の他の方々は1人百面相する私に声をかけて良いものか戸惑っているようだった。


「おーい、アーシャがどうした?」


 ディックさんが事務局へと顔を出してきた。慌てた様子のマルチェ先輩が私に封筒を届けるべくすっ飛んでたことを聞きつけたらしい。相変わらず私への面倒見が良い上司である。王都の兵士や衛士と比べて上品とは言いがたい警備隊士の中でも、変な(やから)が私に声をかけてきたり、ちょっかいを出してこないのはこの上司とボビルスさんのお陰だと思う。恋愛とかはもう少し平民生活を楽しんでからと思っているから、丁度いい。別に声をかけられないことをひがんでいる訳では無い。


 ディックさんは私から便せんを受け取ると、私以上に嫌そうな表情でため息をついた。


『 アーシャ・オルグ殿

 拝啓

 貴殿がエフェルナンド皇国警備隊クールデン駐屯地にて優秀な秘書として働いていると聞き及んでいる。

 近々、ルーデンス殿下主催の舞踏会が開かれる。ルーデンス殿下の名において、皇国のダンスの名手としての参加をお願いしたい。

 参加するにあたって、我がエデンバッハ邸にてダンスの特訓をしたいと思う。近々、迎えをよこすので、それまでに身辺の整理をしておくように。

 敬具

 ロベルト・シュテルム・カイルハイツ・デュ・エデンバッハ 』


「これは手紙じゃねえな。命令書だな。」

「ほんと、ロベルト様らしい文書ですわ。無骨だし、必要最低限のことしか書いていないし。あの人が恋文を書く事ってあるのかしら?」

「これだって、ある意味恋文じゃね?」


 イシシと人の悪い笑い声と共に、ディックさんが私に向かって便せんを返した。

 机の上で伸びている私の頭をポンポンと叩く。ポニーテイルのしっぽを避けて。要は「行ってこい」ってことよね。


 おそらくロベルト様は必要とあらば、歯の浮くようなセリフの並んだ恋文を書くことが出来るだろうと思う。この目の前の必要最低限しか書かれていない手紙は、私を追い詰め、逃れることが出来ないと分からせる為のものだ。だってあの琥珀色の鋭いオオカミの目を持つ人だよ。王宮治安相談部屋で仕事しているときだって、理詰めで最小限の行動で最大限の成果を出すような仕事ぶりだった。


「もうコルセットの窮屈さも忘れてしまったのに。王族や貴族のお願いを断れないってのも、平民ってことですね。」


 貴族のしがらみが無い今だから、せいぜいダンスの名手となる報酬をふんだくってやろうと私は心に誓った。














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