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「貴族やめます庶民になります」の完結から半年後くらいの話となります
木の葉が赤や黄色に色づきだして秋の気配が濃くなってきたある日のこと、ルーデンスは手元の白い封筒に目をやり、「ふっ」と息を漏らした。その目は楽しいことを見つけたとばかりにランランと輝いている。
「何か良いことでも書いてありましたか?」
執務机に向かったままロベルトはルーデンス殿下に声をかけた。
アーシャが居なくなり王宮治安相談部屋に居るのは男性ばかりだ。日に何度か侍女がお茶を淹れてくれるが、アーシャ以上のお茶の淹れ手には、いまだに出会っていない。目新しいお茶菓子に出会う機会もすっかり少なくなった。
からかう相手でもあったアーシャが居なくなってから、ルーデンス殿下の楽しそうな様子は久しぶりだった。
「隣国のトアルクスの第2王女がエフェルナンドに来るそうだ。芸術や文化の視察ってなっているけど、様は僕に会いに来るんだろうね。お見合いの予行かな。トアルクスの方が文化水準は高いのに来るんだから、何かしないとね。レイヤードの出番だな。」
「最近レイヤードお抱えの楽団の演奏レベルがかなり高くなったと聞いている。お披露目の機会に丁度良い機会になるのでは。」
「ああ。それと歓迎の舞踏会を開かなくてはな。たしか第2王女ってダンスが得意だったよね。エフェルナンドとしてもダンスの名手を集めたいよな。そうだ、アーシャ嬢をを呼ぼうじゃないか。」
「えっ。…今更では。」
ロベルトは思わず驚きの声をこぼしててしまった。彼女が平民となってすでに半年、新天地での生活にも慣れた頃だろう。呼び出したところで、嫌がられるだけだろうに。何時ぞやの、平静を装いながらも眼だけは嫌なことを忘れるように死んだ魚の様になった彼女の姿を思い出した。
ロベルトの困った人を見る目をルーデンスが気にすることも無い。まあ、ルーデンスはアーシャを始め何人も気にはしていないのだが。
「アーシャ、かなりダンス上手かったよね。あれを活かさないのは勿体ない。ロベルトのパートナーとして出席してもらって、余興に超絶ステップを披露してよ。」
「なんで私まで…。」
「考えてもご覧よ。ランセルは踊れるかも知れないが、見た目がごつい。レイヤードでも良いけど、あいつが踊っても奇をてらえない。」
「様は、普段あまり踊らない私が踊った方が目立って良いと。」
「そうだ。お前だって踊れない訳じゃないだろ。」
フフンと鼻で笑うルーデンス殿下はかなり踊れる。飄々としていながら、ちゃんと陰で努力もしている皇子さまなのだ。お仲間のロベルトの身体能力ももちろん高い。人並み以上にダンスは踊ろうと思えば踊れる。ただ必要以上に女性と組んで踊るってことをしたくないだけだ。これ以上自分の周りを用も無いのにうろつく女性を増やしたくない。まだエデンバッハ家を継ぐ必要も無いし、仕事も順調にこなせるようになってきたし、結婚相手を探す気にもなれないのだ。
「それに超絶ステップって。何を求めている。」
「この国のダンスのレベルが高いってトアルクスに見せつけたいだけだ。」
(確かにアーシャ嬢なら、最新の曲でも難しい曲でも少し練習するだけで上手く踊れるようになるだろう。)
ロベルトは不機嫌を隠しきれないアーシャの顔を思い起こした。平民になったからこそ彼女は素直に感情を見せるだろう。未だにまだ彼女の表情を想像できる自分に内心驚いている。彼女を呼び出せば、皇国警備隊第2部隊副長のディック・エイゴルンも嫌がるだろうな。
(殿下はアーシャ嬢に嫌がらせをしている自覚がない分、手がかかる。)
ワクワクしてロベルトを見ているルーデンス殿下は成人には見えない。今の殿下はまるで子供だ。ここぞとばかりに息抜きがてら舞踏会を楽しもうとしているのだろう。その駒の一つになると思うと少々癪だが、殿下に気持ちよく日常を過ごしてもらうのも臣下の勤めか…
「次兄に言って外交費の方から、お前達の衣装の金は出してもらおう。ゴージャスに盛って、見た目でもたっぷりと皆を楽しませてくれ。」
アーシャ嬢との舞踏会への参加は決定事項となったようだ。
ロベルトは執務机の引き出しから便せんを取り出すと、羽ペンを走らせ出した。ディック・エイゴルン付き秘書のアーシャ・オルグ宛てに舞踏会への参加要請をするのだ。ルーデンス殿下、直々のお願いとして。場合によっては説得のためにクールデン駐屯地に出向く必要もでてくるだろう。
平民の暮らしに馴染んだアーシャ嬢に再び貴族並みのダンスのセンスを求めるのだ。再びエデンバッハ邸に宿泊してもらい、ダンスの特訓をしなければならないと思われる。それでも舞踏会まで一月あれば何とかなるだろう。
あれこれ考えているロベルトの顔にもわずかながら微笑みが浮かんでいる。それを自覚したロベルトの羽ペンを持つ手が止まった。
(私もアーシャ嬢に再び会えることを喜んでいるのか…)
わずかながら鋭い琥珀色のアーモンドアイが見開かれた。
そんなロベルトの表情さえ、ルーデンスは面白い物を見つけたとばかりに見つめていたことをロベルトは知らない。




