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再会  作者: KARYU
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第六話

 五月も終わりの頃。外は雨が降っていた。

 衣替えも終わり、夏服になった女子生徒が──目の前で転がっていた。

 雨で滑ったのだろうか。幸い段数が少ない玄関の階段だったからよかったが、見事に水溜りにダイブしていた。

 慌てて駆け寄る。多少擦りむいてはいるかもしれないが、目立った外傷は無い。だが、頭でも打ったのだろうか、気を失っていた。

 放課後、調べ物をしていて遅めに校舎を出たところだったためか、周囲には誰もいなかった。

 このまま雨に濡れさせておく訳にはいかなかったので、所謂お姫様抱っこの状態で彼女を運ぶことにした。背負うと俺もかなり濡れてしまいそうだし、意識のない相手では肩を貸して運ぶのも大変だろうと思ったのだ。まだ下半身の筋力に自信はなかったが、不意を突かれる状況でもなければ、それなりに働いてくれた。

 雨で滑らないように注意しつつ、保健室まで運ぶ。

 校医はまたもや不在だった。仕事しろよ。

 彼女は濡れたままだったが、衣服を俺がどうこうする訳にもいかず、そのままベッドの上に転がした。

 濡れた衣服を凝視した訳ではなかったが、違和感を覚えた。ブラウスの下、Tシャツらしき生地の更に下に、包帯のようなものが透けて見えていたのだ。ケガでもしているのだろうか。だとしたら、転んだ原因も意識を失っている原因もそちらかもしれない。

 とりあえず、俺が拭くのは憚られたので、起きたらすぐに拭けるようにタオルを探し出して、傍でパイプ椅子に座って待つ。

 彼女の顔色を見て、初めて彼女がクラスメイトであることに気付いた。二つ隣の席の楠田さん。

 彼女は俺のクラスの中で、俺以上に空気な存在だった。俺は四月中ずっと空気だったが、彼女は今現在も、クラスの中では空気に徹していた。そう、彼女も、俺と同じで意図的に空気であろうとしている感じだった。理由は判らない。ひょっとしたら、意図的なものではなく性格上の問題なのかもしれないのだが、俺にはそうは思えなかったのだ。そう思う理由も、俺には説明できなかったのだが。

 だけど今は、それは確信に変わっていた。

 「う……ん……」

 彼女がもぞもぞと動いた。

 「気が付いたか?」

 俺が声を掛けると、彼女はハッとして飛び起きた。そして、あたりをキョロキョロと見回す。

 「悪いが、保健室まで運ばせてもらった」

 言いながらタオルを渡す。

 「私……どうしたの……?」

 状況が思い出せないのだろう。

 「階段を踏み外したのだろう、玄関先で転がってた。そこで気を失ってたのさ」

 彼女は改めて自分の状況を観察した。そして、衣服が濡れて透けていることに気付いたのか、恥ずかしそうに手で前を隠した。別に、肌や下着が透けて見えていた訳ではないのだが。

 そして、慌てて転がるようにベッドから降り、逃げるように出て行こうとした。

 「待て!」

 慌てて呼び止める。

 彼女はドアの手前で止まり、俺の方を睨んだ。

 「……メイクが落ちてるぞ」

 転んだときに擦れたのだろう、転んだ側だけすべすべの肌が見えていた。

 そう、俺が確信したのは、そのメイク。彼女は綺麗な素肌をメイクで隠していたのだ。いつも肌荒れでもしているように見えていたのは、メイクだったのだ。

 彼女はハッとして、慌てて壁にかかっている鏡の前に移動した。

 「ギャーッ!?」

 女の子らしからぬ悲鳴を上げ、そして青ざめた。

 彼女は頭を抱え、暫く固まっていたのだが、俺がそれ以上何も言わないことが逆に気になったのか、俺の方を窺って。そして、ため息を吐くと俺の前に戻ってきた。

 「……驚かないのね」

 隠していることに観念したのだろう。ベッドの端に座った。

 「いや、驚いていない訳でも無いんだけどな。ただ、やっぱり教室で空気みたいにしているのは意図してやってたんだなと確信しただけで」

 俺の言葉に、彼女は目を丸くした。

 「あなた──気付いていたの!?」

 「まぁ、なんとなくだけど」

 俺は何事でも無い風に肩を竦めて見せた。

 「はぁ……。さすがにジゴロ柊の目はごまかせなかったか」

 おい。

 「なんだよ、それ」

 「知らないの? あなた最近、裏ではそう呼ばれているのよ?」

 最近。まぁ、翠さん関係で噂にでもなったのだろうか。

 「それ言い出したの、千賀さんだろ?」

 「あたり」

 やっぱり。男子が揶揄しているとも思えなかったので、千賀さんしかいないと思ったのだ。

 「でも、楠田さんが噂話に興じているところを見た覚えも無いんだが」

 空気やってたからね。

 「ええ。でも、聞き耳だけは立てていたから。目立たないでいることにも努力は必要だから」

 「ああ、それは判る」

 「って、やっぱりあなたも四月は意図的に目立たないようにしてたんだ」

 逆に俺のことも見透かされる。

 「今でもずっとその心算なんだけどな」

 肩を竦める。

 「あはは。それはもう無理でしょ」

 「デスヨネー」

 お互い笑い合う。秘密を共有して、この場だけはそれも無しにして。こういうのもいいものだなと思った。それまで何の関わりも無かったのに、この場だけは仲良くなった気分になれる。

 「はぁ……。このことだけど、秘密にしてくれないかな?」

 「いいけどさ。わざわざ吹聴したりする心算は無いけど、どこかで顔にでも出てしまったらごめんなさいだけど。それでも、いつまでも隠し通せるとは思えないんだが」

 容姿のこと、それも素顔だけではなく。さっきは透けて見えたのは包帯ではなく、おそらくサラシなのだろう。体型まで徹底して誤魔化しているのだ。冬服ならまだしも、夏場は無理な気がした。

 「そこはがんばるしかないわね」

 彼女は自嘲気味にため息を吐いた。


 ***


 課外で学校周辺の清掃活動をすることになった。

 二人一組で行動するように言い渡される。

 「ギャーッ!?」

 教室でオロオロしていた楠田さんが、俺を見て小さく悲鳴を上げた。

 「なんでジゴロ柊となのよ! 私まで目立っちゃうじゃん!!」

 酷い言われようだが、まぁ言わんとするところは判らなくも無い。だが、それも自業自得。

 「……騒ぐなよ。こうなることは見えていただろうに」

 「……どうして?」

 彼女は不思議そうに首を傾げた。気付いていなかったのか。

 「うちのクラス、男女とも奇数だろ」

 「……あっ」

 そう。ともに空気であろうとしていたのだから、こういう場合に俺達があぶれるのはごく自然な成り行きだった。

 「……しくじった」

 彼女はがっくりと肩を落とした。

 「そういう訳だから、諦めろ」

 そう言って、俺はゴミ袋を彼女に差し出す。楠田さんは観念した様子で、ため息を吐いて受け取った。

 そんな俺たちの様子を、見ているやつがいた。

 あえてそちらを見て確認はしなかったが、多分千賀さんだろう。また、やつの好奇心を刺激してしまったのか。

 「……楠田さん、悪い」

 並んで外に向かう中、小声で謝罪する。

 「……?」

 「千賀さんに興味を持たれたかもしれない」

 「……」

 楠田さんは、ため息を吐くばかりだった。


 道路わきの植え込みの中に潜り込み、空き缶やらビニール袋やらを見つけては、楠田さんが抱えるゴミ袋に放り込む。

 「結構溜まってきたな。少し、休憩しようか」

 俺が見て回った箇所が特別ゴミが多かった訳でもないのだろうが、それでも周りの連中よりゴミ袋が膨れていくペースが速かった。他の連中は適当にやっているのだろう。がんばりすぎても目立ってしまうので、休憩することにした。

 「……真面目なんだね」

 俺の何をそう思ったのか、楠田さんが呟く。

 「普通じゃね?」

 「そうかな?」

 など益体もないことを言い合う。外での喧騒の中、この程度なら彼女が目立ってしまうことも無いだろう。

 そう思っていたのだが。

 「へぇ。なんか仲よさそうじゃん」

 千賀さんが弄りに来た。

 こいつは、何でも恋愛ごとに繋げて考えるのか。日高さんが言っていた『手痛い目』とは、何だったのだろうと考えてしまう。

 「いやん。そんなに見つめないでよ」

 俺が考え事をしていると、勘違いしたのかわざとなのか、千賀さんは胸を隠すように両手で肩を抱え、身を捩る。

 「痛てっ」

 そんな千賀さんに、日高さんが後ろからチョップを食らわせた。

 千賀さんは口を尖らせて、振り返って親友に文句を言おうとしたが、

 「この前から度が過ぎるぞ」

 と逆に窘められていた。

 「えー、いいじゃんよー」

 千賀さんは悪びれる様子も無く、けらけら笑う。

 あくまで俺をからかっているのだろう。楠田さんにまで被害が及ばないようにしないと。

 などと考えていたのだが。

 「そんなに柊君のことが気になるのなら、今日の作業でペアを組めばよかったのに」

 楠田さんの方から、千賀さんに声を掛けていた。

 おいおい、目立ちたくないんじゃないのかよ。

 「あん? 何バカなことを──」

 千賀さんは標的を替えて反論しようとしたが、

 「全くだ、私もそう思うぞ。私に遠慮することなんて無いのに。今からでも、楠田さんと代わって貰うか?」

 と親友からも突っ込まれ、黙ってしまう。

 これは、俺も乗った方がいいのかな。

 「お前、そうだったの?」

 あえて暈して聞いてみる。

 千賀さんは、しばらく口をパクパクしていたが、効果的な反論が思いつかなかったのだろう。

 「そっ、そんな訳あるかバカ!」

 持っていたゴミ袋を俺に投げつけ、逃げるように去っていった。

 そんな千賀さんを見送って。三人して顔を見合わせ、声に出して笑った。

 「いや、悪かったな」

 日高さんは、千賀さんが投げつけたゴミ袋を受け取ると、そう言い残して千賀さんを追いかけて行った。

 「……大丈夫なのか?」

 自分から話しかけるようなことをして。

 「何も言わないのも変だからね。まぁ、あの子相手じゃ常識は通じないかもしれないけど」

 それは判るのだが。

 「それに。最近はコミュニケーションを取らな過ぎて逆に悪目立ちしてきたと感じていたところなのよ」

 まぁ、それもそうか。今日の事態も、彼女が誰とも会話しなかった結果だからね。


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