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再会  作者: KARYU
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第十話

 それから週末までの間、俺の周りは静かだった。

 遙ちゃんはあれから学校を休んでおり、小笠原さんも何も言っては来ない。

 千賀さんが俺をからかうことも無かった。俺の周りが静かならからかうネタも無い訳だが。

 日高さんも、気まずく思っているのか話しかけて来ない。まぁ、千賀さんが何もしなければ俺に用はないか。

 楠田さんも、今の俺とでは話しをするだけで目立ってしまうためか、近づくことすらしない。四月の俺みたいに周囲は静かでも、決して目立っていない訳ではなかった。

 あれから、翠さんからのメールも無くて。

 俺はずっとため息を吐いていた。


 日曜の夜、久しぶりに翠さんからメールが届いた。

 遙ちゃんはどうにか動けるようにまで回復して、月曜からはまた出て来れそうなこと。

 記憶については、翠さんからわざわざ追求することも憚られたため、確認できずにいること。

 翠さんは、まだ当分の間自重するつもりでいること。

 などが書かれていた。


 「九重さん、やっと出てきたね」

 まだ目立つだろうに、楠田さんが俺に話しかけてきた。元気のない俺を励ましてくれているのだろう。

 「ああ。ありがとな」

 お互い目を合わせることなく、簡潔なコミュニケーション。今の俺にはこれが限界だろう。

 遙ちゃんの傍では、小笠原さんと日高さんが話しかけていた。彼女のことを心配していたのだろう。

 千賀さんはというと、誰とも目を合わさず、一人外を眺めていた。


 異変に気付いたのは、その日の昼休みのことだった。

 遙ちゃんが俺に話しかけようと思ったのだろうか、俺の近くまで来て──立ち竦んだ。膝が震えている。

 「どうしたの遙?」

 一緒にいた小笠原さんが、何事かと問う。

 「……いっ、いえ、なんでも……」

 遙ちゃんは、踵を返して自分の席に戻っていった。

 小笠原さんが目だけで俺に問う。が、俺にも判らずただ首を傾げるだけだった。

 その様子を、千賀さんは無表情で眺めていた。


 小笠原さんは遙ちゃんから色々聞きだそうとしたらしいのだが、はっきりしたことは判らなかった。ただ、遙ちゃんは、俺を見ていると胸がざわつくと言っていたらしい。そのため、俺に近づくのを躊躇してしまう、と。

 まずい兆候だ。だが、こうなってしまっては今更どうしようもなかった。

 遙ちゃんの状況をメールで翠さんに知らせるだけで、方策は何も思い浮かばない。そして、それは翠さんも同じだった。


 その後も、遙ちゃんの様子は変わらなかった。

 相変わらず、俺には近寄れず。それでいて、まだ記憶が戻った様子も無くて。

 小笠原さんもそんな様子を見てどうしていいか判らず、干渉せずに見守っていた。

 そして、そんな遙ちゃんを心配してか、千賀さんと日高さんが彼女とよく一緒にいるようになった。話の内容は聞いてないが、日高さんが普通にしているところを見る限り、千賀さんも以前のようにからかったりはしていないのだろう。


 ***


 六月下旬、体育の授業で水泳が始まって。

 体育の授業にも参加できるまでに回復した俺だったが、水泳の授業に出ることは憚られた。背中の傷が隠せないから。だから、また体調が悪くなっている振りを続けなければならなくなった。

 だが、そのせいで別の意味で気まずい状況になってしまう。あれ以来、遙ちゃんも体育の授業には参加出来ずにいて、水泳の授業も見学していたのだ。そのため、見学者席であまり離れることも出来なかった。

 彼女がいつまでこの状態なのか判らないが、少なくとも当面の間は、俺は体育の見学すら避けた方がいいだろう。仮病で保健室に潜り込むか、いっそ体育がある日は休むか。

 ちなみに楠田さんは、今日は学校を休んでいた。水泳の授業に出るつもりはなさそうなので、彼女の予定も聞いておいた方がいいかもしれない。揃って休むことが多くなると、それはそれで目立ってしまう。

 少し離れたところで授業を見学している遙ちゃんをチラ見しながらそんなことを考えていると。

 「何、彼女の妹に色目使ってんだよ」

 久しぶりに、千賀さんがからかいに来た。水着姿の彼女は、運動部だけあってしなやかな筋肉が見て取れた。そして、全体のスタイルも結構よかった。

 「いやん、何視姦してんのよ」

 身を捩る千賀さんだったが、以前のような刺々しさは無かった。これでも、俺に気を使って、元気付けようとしてくれているのかもしれない。わざわざ水着姿を晒しに来るぐらいだし。まぁ、彼女の場合は本当に考えなしの可能性も否定できないのだが。

 日高さんが心配して俺たちを見に来たが、俺の表情を見て何も言わなかった。

 「こらー! 裕美っちと比べんなー!」

 千賀さんは近くに日高さんの姿を見かけて、彼女の名前を叫んだ。

 自分もスタイルがいいくせに、日高さんとのボリュームの差を気にしてるのか、千賀さんは胸を隠しながら目をバッテンにして文句を言っている。

 「やめろよ恥ずかしい!」

 日高さんも珍しく両手で胸を隠す仕草をして、赤面した。普段の堂々とした姿も、水着では無理みたいだ。

 久しぶりの馬鹿話に、心のざわめきが少し減った気がした。彼女らに感謝しつつ、遙ちゃんに目を戻すと──彼女は不安そうに俺たちを見ているのだった。


 その日から、遙ちゃんは明確に俺を避けるようになった。いや、この前までも避けられてはいたのだが。今はまるで、嫌悪しているかに見えた。彼女の目に、次第に恐怖の色が増していく。

 彼女の頭の中で、俺はいったいどういう存在になっているのだろう?

 遙ちゃんの様子の変化に、小笠原さんも当惑していた。下手に接触したら何か言ってしまいそうになると思っているのか、彼女も遙ちゃんには近寄れず、ただ見守るだけしかできなかった。

 そして、現在遙ちゃんとよく話をしている千賀さんと日高さんは──当惑している様子を見せながらも、次第に俺を見る目付きが険しくなっていった。

 最近翠さんと逢っていないことを指して怒っているのか。俺が翠さんを振った、みたいに思い込んで。

 それとも部分的にでも記憶が戻って俺のことを思い出して、それでも俺が知らん振りをしていることを咎めたりしているのだろうか。

 俺には何も判らないまま、事態は意外な方向に進展していく。


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