09
さて。自由市場の裏手にラーメン屋ありとの情報が入った。急行する。
なんと、建物の裏の広場に、小さなプレハブ形式の小屋がたっており、屋根には
「サッポロラーメン」
と、よれよれのカタカナで看板が出ている。
ここでも行列だ。じきバスに乗らねばならない私たちは、長蛇の列を前に、ただ指をくわえて見ているしかなかった。
お客は大半が地元の人たちらしい。
と、店の中から満足げな顔の日本人が二人出てきた。やはりツアーメンバーの、奈良から来た女子大生だ。質問の雨を降らせる我々にちょっとびっくりしながらも、店内の様子を面白そうに語ってくれた。
まず、メニューはみそ、しお、しょうゆのみ。メンは多少のび気味で、スープはインスタントくさい(食べ損ねた私たちは、これを聞いて少しだけ心が安らいだ)。ハシも置いてあるが、大半の人はフォークでスパゲティみたいに食べている。
値段は、正確にいくらかは覚えていないが、ロシア人からすればぜいたくな食事の部類に入るくらいであったようだ。
しかし、極東ハバロフスクで『サッポロラーメン』とは全くウマい。店の感じからしても多分経営には日本人が関わっているだろうが、モスクワの『マクドナルド』や『ピザ・ハット』のように、日本のラーメンがこれからもソ連の人々にますます愛されていってほしいものだ。
多少の未練を感じつつも、私はチャーターバスへと向かった。
屋外市場を通りぬけるとき梨を探してみたが、こういう時に限って見当たらない。代わりに、赤い、指の先ほどの大きさの木の実を山と積んであるのが目に入った。見たこともない実だったが、なんとかベリーといった感じの柔らかそうな実で、いかにもおいしそうだ。
一ルーブル五十というので、ためしに買ってみる。おじさんは、紙を円すいに丸めたおおざっぱな容器の中に、大きな手で何杯も実をすくい入れてくれた。
枯れ枝や葉っぱを払いながら、さっそく一つ、口に入れる。
ヘルシーとも言える酸味だ。
つまりあまりにも酸っぱくて、最初は口もきけないくらいだった。
ホテルに帰る道すがら、他のメンバーに言葉巧みに勧めつつ、なおかつ自身をも欺きながらどうやら山盛りの「謎のベリー」を無事、片付けることができた。
ホテルの夕食で、いよいよキムチを開ける。幸運なことに、バターで味付けされたライスが出される。ぽそぽそして、ついでにモミガラも少々残っているが、キムチにはもってこいだ。私はご飯(ライスではない、あえて、『ご飯』なのだ!)に細かく刻んだニンジンキムチをまぶすと、がばっと口に入れた。
火のついたような騒ぎとは、まさにこのことだ。さすがに故郷を離れたとは言え、本場仕込みの味、辛さは並みじゃなかった。
周りが水だの死ぬだの大騒ぎの中、シンさんは平気で、せっせとくキムチを口に運んでいる。
「シンさーん、残っているの、あげようか」
「ありがと。でも俺もさ、ほらこーんなにもらった」
そう言うシンさんの目の前にはさまざまなキムチの小袋が広げられている。
「ねえシンさん、辛くない?」
「え?」彼は少しだけ首をかしげ、「なにが?」
恐るべきキムチ、コリアンパワー侮りがたし。つくづく身にしみたロシア旅行最後の晩であった。
今思うと、あの実はたぶん『フサスグリ』だったかと。