07
ふと前方に、ツアー仲間の一人が何か食べているのをみつけた。
駆け寄ってみると、アイスのコーンを持っているではないか。
「ねえ、そのアイスどこで買ったの?」
彼女はコーンを傾けて中を見せてくれた。くすんだオレンジ色をしている。
「これ、シャーベットなんですよ。でも甘くて。アイス屋はね、もうどこも終わってますよ」
その言葉にがっくりきながらも、ちゃっかり一口味見をさせてもらった。確かに甘い。かすかな香りから、あんずシャーベットらしいことがわかる。
しかし、どこでも人気商品の前には行列だ。
モスクワに開店したばかりの、ソ連唯一のマクドナルドの前には、大きな公園を一周してしまう程の行列が毎日のようにできる。他の共和国や外国からの観光客、特に東欧からの客が多いそうだ。
私たちもモスクワにいた時、面白半分に行列についてみた。
人々は行列慣れしていて、時おり前方で並んでいる面子が変わるのを見るが、どうやら仲間で交替し、行列についていない時は、まん中の公園で一休みしているらしい。
並び始めて一時間四十分後、やっと店内に入ることができた。
メニューは日本と同じだが、品切れが多い。そして味は全くと言っていいほど日本のものと変わりがなかった。
これほどまでに長い時間を費やし、求める味があれである。物珍しさもあるだろうが、日本人の私には、ああいう味がそこまで好まれ求められているということが大きな疑問だった。
彼らは、本当にあれが美味なのだろうか?
自由市場でのアイス買い食いはあきらめ、次なる標的を探し、私はまた歩きまわる。
出口に近いあたりに、東洋人らしいおばちゃんたちがかたまっている。
私たちが近づくと、驚いたことに日本語で声をかけてきた。
「ほらほら、お姉ちゃん、これおいしいから買っていってねー。どれもおいしいよ、手作り。一袋二ルーブルだよー」
台の上には、なんとおいしそうなキムチがぎっしりと並んでいるではないか。
真っ赤なもの、唐辛子とハクサイの色のコントラストが美しいもの、つぼから出したての大きな固まりなど、ついふらふらと寄って行ってしまう鮮やかさだ。ただようキムチの匂いが胃袋を刺激する。
しかし、どうしてこんな所でこんな人々がキムチなど売っているのだろう。
「アナタ、ニッポン人でしょ」
かすかな東北なまりで、おばちゃんの一人が話しかけてきた。
「どっから来たの? トーキョー?」
「ううん、○○」
「おばちゃんたち、日本語うまいでしょ」
「本当、上手だね、おばさんはここに住んでいるの?」
「そうだよ、戦争の時ね、ニッポンの国だったからね、朝鮮は。それで日本語話せるんだよ」
そこへちょうど、ツアー仲間のシンさんがやって来た。シンさんは朝鮮半島の国際問題や経済情勢に詳しい学者さんで、日本語、ハングル語はもちろんロシア語もペラペラというエラーい先生でもあった。日本で待つ愛する奥さんと子どものため、決してツアーメンバーの女の子たちとデレデレ・ツーショット写真は撮らない(仕方なく、ルームメイトのエルと私とは一生懸命彼のありのままの姿を隠し撮りしていたのだが)という立派ながらも心温まる人だ。
さっそく、ロシア語、ハングル語を交えてシンさんとおばちゃんたちとの熱心な語らいが始まった。