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缶詰もまた、品数が豊富だ。四十カペイカから七十カペイカ、一缶百円から百七十五円というノリだ。
懸命に目を走らせていた私は、売り子さんと買い手を隔てるカウンターの後ろの棚、左隅に、カニ缶らしき缶詰をついに発見した。
「エル! あった!」
「どれ? どこに?」
「一番端っこのやつ、ほら!」
「あ、そうそう! あの足……カニの絵だ」
私たちは手を取り合って狂喜乱舞した。しかし、もたもたしている時間はない。
ここで、ソ連の買い物方法について、説明せねばならない。
品物を持ってレジに行くか、その場で品物と引き換えにお金を払うのが、私たちの考えるごく一般の買い物の仕方だ。
しかし、ソ連の店の多くは違う。
まず、会計の窓口に行き、自分の欲しいものと数量、金額を伝え、お金を払う。それによって発行されるレシートを持って、今度は売り場に戻り、レシートと引き換えに品物を受け取るのだ。
当のロシア人たちもやはり不便に感じるらしく、モスクワなど、都市部のスーパーなどでは、日本の売店と同じく直払いの方法がとられるところが増えてきたらしい。しかしいまだに「レシート引き換え方式」が一般の商店で幅をきかせている。
この店も、そういった店の一つだった。
私たちはまずカウンターに思い切り寄って、棚の上の方にある缶詰の名前を確かめた。会計のおばちゃんに「○○がいくつ欲しい」と説明せねばならないのだが、あいにく私たち二人とも、ロシア語で「カニ」を何と言うのか知らなかった。とりあえず缶詰の名前で意思を伝えよう、とやっとのことで読みにくい文字を拾い上げる。
「えと、クク、何だろ? クク、マリヤ、って読むのかな?」
「よーしククマリヤね、値段は?」
「下に出てる、六十八カペイカだって」
私たちは会計のカウンターに駆け戻り、二、三人の行列の後尾につくと、さっそく紙に
『КУКУМАЛИЯ、6』(ククマリヤ、六缶、の意)
と記すと、その下にごていねいにカニ缶の絵までかき足した。
私たちの番がくると、二人で身ぶり、手ぶりを交え説明する。
「おばちゃん、ククマリヤ、六缶ちょうだい。四ルーブル八カペイカね。カニの缶詰だよ、ほらこれ。チョキチョキ。わかるかな? これが、欲しいの」
おばちゃんは大きくうなずくと、古びたレジを動かして、すぐさまレシートを切ってくれた。
私は最後に残った五ルーブル紙幣を渡し、お釣りをもらった。お釣りの数え方もなかなかのんびりしていて、時には備え付けの大きなそろばんを使って考えたりする人もいる。間違いも多い。だいたいが釣りの少ないパターンだが、指摘されればすぐ「あっ」と言って不足分を返してよこすところを見るに、たいして悪気はないらしい。
やっとレシートが手に入った。私たちは再び売り場に飛んでいく。我々の感覚で一缶たったの十七円という、幻の破格値、夢のカニ缶はもう目の前だ。
前の人の買い物が済むのをじりじりと待ち、ようやく、カウンターのお姉さんと直接向かい合った。
レシートを出しながら、はっきりした口調で、これだけ言う。
「ククマリヤ、ぱじゃーるすた」(ククマリヤおねがいします!)
お姉さんが背伸びをして棚の上から取ってくれた缶詰を、二人で手分けしてすぐに手下げに突っ込む。時間がない。レシートをもらうのに意外と時間をとられたのだ。
バス出発まであと一時間を切っている。ホテルに帰るのに十五分ちょい、荷造りと最終の点検も考え合わせると、余裕はもはやない。
なんとかカウンターのお姉さんと挨拶を交わすと、私たちは表に飛び出し、重い缶詰をぶら下げ、ホテルへの道をひた走った。
ぜいぜいと息を切らしながらも、私たちは幸福だった。いよいよ最後の最後になって、念願の、究極の一品が手に入ったのだ。二人とも喜びは隠しきれなかった。
ようやく、ホテルの部屋にたどり着いた。
息をはずませ、とりあえず小さなベッドに身を投げ出す。
満足のため息をついて、私は言った。
「しかし……安いよね!」
エルも本当にうれしそうだ。
「日本じゃ、こんな値段で絶対手に入らないよ。しかし、重いわー。とりあえずトランクに移そうか」
「だね」
手下げ袋から出した缶詰を見て、私たちは再びびっくり仰天した。