狂乱の自動販売機
お題に沿った作品で書きました。
キーワードは『自動販売機』、『絶望』、『殺戮』、『自殺願望者』です。
――『狂乱の自動販売機』をご存知だろうか?
不定期に行われる、謎のとあるイベントがある。
判っているのは年に一度、深夜に、そして何処かの自動販売機の前で行われるという事だけだ。
ネットでも都市伝説のようになっており、『自殺願望者』だけが訪れることが出来ると言われているが、それは定かではない。ただ、行われた自動販売機には大量の血液が血溜まりを作っている。
何があったのか……それは誰も知るよしもない。
ただ、きっとこの日も――
――自殺願望者達が死への宴に誘われているのだろう。
◇ ◇ ◇
――逃げ出したい。死にたい。
そんな風に思っている奴は幸せだと僕は思う。
逃げ出したいのも死にたいのも、自分が掴み取れたはずの幸せを零れ落としているだけなのだから。
でも、世の中にはそのチャンスすら与えられない人間もいると判って貰いたい。
だから僕は、気軽にそんな言葉を言う奴を好きにはなれないのだ。
「――で? 君も自殺志願者かな?」
「……はい」
「そんな若いのに人生に絶望しているとは……諦めが早いな。俺たちみたいに足掻くことも出来ないとはね」
「違いないなぁ!」
殆どが中年の人間。誰もが下らない理由で死にたいと抜かし、僕を見て笑い出した。
――お前らと一緒にするなよ……バカが。
そんな奴らを見て心の内で毒づく。
これは本心だった。
僕は死にたくないのにここに来ているのだ。それも誰かのために……だからここに――
――『狂乱の自動販売機』に。
僕がここに訪れたのは、理由があるのだ。
僕には妹がいる。生まれつき心臓が弱く、走ることも出来ないし、ましてや学校に行くことも出来ない九歳の妹が。
手術するには莫大な大金が必要で、両親が蒸発した僕にはとても払えそうにない。それでもインターネットを駆使して、大切な妹の為に金を手っ取り早く手に入れる方法を血眼になって探していた際に見つけたのがこのイベントだ。
『自殺願望がある者、ここに集れ』
そんな風に書かれていた胡散臭い記事。なんでも集団自殺を募集する記事だった。だが、内容を詳細に見るとそれは僕にとっては渇望していたものだった。
『尚、死亡原因は事故死扱いとする』
――これで、決定した。
直ぐにメールを送り、向こうから送られたメールに記された時間と場所に、僕は訪れている。
僕が死ねば、保険金が下りる。その金で妹の命を救えば良いのだ。
僕にとって妹の命は僕の命より価値のあるものだ。
僕は妹の為に喜んで死ぬ。それが、兄としての役目なのだ。
『さて……集まったみたいですね』
「おっ、あんたが主催者か?」
「ようやく来たか」
「待たせやがって……」
暗闇から現れた黒マントの人物を見て、集まった自殺志望者達が口々に声をあげる。
黒マントの表情はよく見えず、どこか気持ち悪かった。
『申し訳ありません。色々と準備をしておりましたので』
「ちっ、最初から準備しておけよ、クズめ。おい、さっさと――グギッ!?」
「なっ!?」
黒マントに近付いていった小肥りの男は声にならない悲鳴を上げ、ぴくりと痙攣したあと、そのまま崩れ落ちるように倒れた。
彼の首にはサバイバルナイフが刺さっており、黒マントの服が返り血で染まっている。
――なんだこれは。
「うわぁああああああっ!」
僕は一人悲鳴を上げ、その場から逃げ出そうとする。だが、その際に違和感を感じた。
周りが……声を何一つ上げていない。それどころか、全員が地面に倒れている。
「な……んで……!?」
『あれ? 一人、飲んでいないんですかね? ワタシ特製の……薬物入りジュースを』
そう言われて、僕は気付いた。
確かこの場所に集まった時、関係者のような人が一人一つずつ缶ジュースを配ってはいなかったか?
僕は恐怖からなにも喉に通らず、近くにいた人にあげたが、他の人は飲んでいた。
まさかそれに痺れ薬のようなものが……!
『まぁ、いいです』
黒マントがそう呟いた瞬間、黒マントの背後から同じように黒いマントを羽織って覆面をしている人達が飛び出してきた。
そいつらは倒れ伏している人達を次々と凶器で殺していく。
たちまち、その場は血の海へと変わる。
「な、んで……こんなことになるんだよ……!」
『君は、死にたいんじゃなかったのですか?』
黒マントはナイフを手に持ち、僕にと近寄りながらそんな言葉を口にする。
そんなの……決まっている。
「死にたくない! 死にたくないに決まってるだろっ!?」
本当なら僕だって死にたくないのだ。元気になった妹と手を繋ぎながら、色々な所を歩き回りたい。勉強も教えて上げたい。出来ることなら、彼女と一生いたい。――でも、駄目なのだ。
「だけど、仕方ないだろ!? 妹を助ける為なら、僕はここで死ななきゃいけないんだよ! それが、兄としてしなきゃいけないんだよぉ!」
泣きながら吠え、呼吸が落ち着かない。
怖い。辛い。苦しい。股間の辺りがどこか温かい。漏らしてしまったのかもしれないが、そんなこと、この恐怖と比べれば些細なことなのだ。
寧ろ……早く殺してくれと矛盾した気持ちさえ浮かび上がってくる。
『……なるほど。妹の為にここに来たわけですか……面白いですね』
「うるさい……どうせ死ぬなら、もう……殺して、くれよ」
『……君と、妹の名は……?』
黒マントは何故このタイミングでそんな事を聞くのだろう……いや、保険金……もしくは参加報酬というものの為かもしれない。
いずれにせよ、口を噤む必要は無かった。
「…………つき、ひと。僕の名前は……月人。妹の名前は、萌だ」
『――そうですか。また会いましょう、月人さん』
――そう言い、黒マントはナイフを振り下ろした。
◇ ◇ ◇
一時期、有名になった出来事がある。
当時困難であった心臓病を患っていた幼い女の子は死を待つだけであった。ただ、その兄である青年が募金や救命を呼び掛けていたことから、彼女らに注目し、援助していた者も少なくはない。
だが、それでも救命資金には及ばず、誰もが諦めていた時、彼女の兄は殺人事件に巻き込まれて死んでしまった。
行方が判らなくなり警察が捜査したところ、彼は深い森の中で焼死体で発見された。焼けて本人かどうか判断は出来なかったが、死体の近くにあった所有品から彼だという判断が下された。犯人は未だに見つかっていない。
だが、彼が死んでしまったことにより下りた保険金で妹の手術を行うことが可能になった。
彼女は手術が完了するまで自身の兄の死亡を知らされておらず、手術が無事成功してから初めて兄の死を知った。
彼女は、長年苦しめてきた病が治った事ではなく、兄の死を悲しみ、絶望し、涙を流したという。
――これはもっとも不幸で、そしてお互いを想いあった兄妹の話である。
◇ ◇ ◇
――六年後。日本に向かっているフェリーの姿があった。
そこに乗っているのは二人の人物。
「まったく……迎えに来るなら来るって伝えといて欲しかったな。貴方には感謝してるけど、あの頃を思い出して驚いちゃったよ」
「それは申し訳ない。ワタシも六年振りに貴方に会えると思ったら驚かせたいと思ったんですよ」
「幾らでもやり方はあると思うけど……」
黒いマントを身に纏った人物に、黒髪の青年は呆れたように嘆息する。だが、怒りは無いようだ。
そして彼は微かに見えてきた日本を目にし、
「もう六年……高校一年生になってるのか……早く会いたいよ――萌」
その言葉は波の音に掻き消され……やがて消えた。
~きっと続かない~