「それ…リスカの跡じゃないか」
ただのクラスメイト。
ただ隣の席なだけ。
それだけの理由で僕は保険室へ行く。
朝倉ナオコの様子をみるために。
きっと誰もが避けているんでしょ?
先生も行きたがらない。
なにが問題だろうか? 近寄りがたいのはわかるけど……
保険室へ行くと朝倉ナオコが窓辺に立って小説を読んでいた。
顔色が悪いわけでもなく……。
窓からの風がナオコの長い黒髪を孤で描き、ナオコは無関心に髪をかきわけ、長く、か細く白い指がどこかおとぎの国の人物のものと錯覚する。
「倒れたと聞いたけど元気そうじゃないか」
ナオコは言う。
「ズル休み。倒れたのはウソ。演技しただけ」
「みんなといるの、楽しくないの?」
「疲れる。楽しいことなんてなんにもないの。そんなあなたはわたしといて楽しい? 構うことないわ。教室に戻ることね」
僕には強がって言ってるように感じた。
ナオコのことが気になった。
ナオコを意識してることを自覚し始めたとき、保険室に行くことが楽しみになってきた。
僕とナオコふたりきり。
ナオコ・・・。
「わたしに関心があるの? ならいいわ。秘密を共有しましょう」
胸が高鳴ったのは一瞬。
一瞬だけだった。
「それ…リスカの跡じゃないか」
ナオコは言う。
「始めはパパに切られたの。パパは心中しようと行っていなくなったの。わたしがうんと幼かったとき。 リスカはしたくないよ。したくないのにしちゃうの。その理由わかる? あなたは本当にわたしを助けたい? かわいそうだと思う? パパのように消えない? 約束できる?」
ナオコの問答に答えられないまま、僕は明日もあさってもナオコを思い、保険室へ行く。
ナオコが休んだときは家まで行くようになった。
今日のノートだよとか理由つけて。
好きとも言えず、恋人にもなれないまま、ただナオコのあとを追っては、なにかが壊れていくことを自覚していた。