†第3話
私たちの出会いは春。この公園で出会った。私は仕事の帰りにフラッと寄ったところを彼と出くわした。彼は仕事が終わると公園にある販売機でコーヒーを買って帰るのが日課らしい。彼がコーヒーを買うときに落とした小銭をたまたま私が拾った。そんなよくある出会いだった。彼はお金を拾ってくれたお礼にとココアを奢ってくれた。生まれてからいままでずっと組織にいて給付されるものしか飲んでこなかった私にとって初めての巷の飲み物。初めて飲んだそれはとても甘くて美味しかった。それ以来私の好きな飲み物はココアになった。
「ここら辺に来るのは初めてかい?」
「ええ、仕事でこの地に来たの。」
「へえ、お疲れ様。」
「あなたはここに住んでるの?」
「そうだよ。毎日ここを通って帰るんだ。」
「ふぅん。」
「ここにはどのくらいいるのかい?」
「ずっと。部署が異動したの。」
「なるほどね。じゃあ、また会えるかもね。」
「そうね。」
私たちは近くのベンチに座り、そんな会話を繰り広げた。また会うことができると思うと動悸が激しくなった。その時の私はまだ未熟で原因が分からずにうろたえたんだ。彼に抱いた感情は恋だと分かるのはあと少ししてからだった。
それからというもの私は仕事帰りにこの公園に寄るようになった。時間があえばアーサーと会うことができた。それだけで嬉かった。アーサーに会うときの私は暗殺者でなくただの恋する普通の女の子になれたのだ。彼もまた彼女と会うときは時間を忘れて楽しむことができた。そんな二人が惹かれ合うのに時間はかからなかった。ただ、お互いに告白するとまではいかずに、友達以上恋人未満な関係を築き続けた。忙しい仕事の合間をぬって月明かりに照らされた公園に唯一あるベンチに座り密度の濃い時間を過ごす。ただそれだけ。でも幸せを感じてた。
春がもうすぐ終わりを告げる頃に一件の依頼があった。N会社の社長を暗殺せよと。私は暗殺者として裏の世界で有名だった。お金さえくれれば誰だって殺してきた。今回の以来も二つ返事で承諾した。そして暗殺は無事成功した。そもそもこの私が失敗などあり得ないことだ。でも今日は一つだけ失敗を犯した。見てはいけないものを見てしまったのだ。依頼を終えて屋敷から脱出する際にいつもは見ないはずの警備の連中を見てみたのだ。そしたらその中にアーサーがいるのを発見してしまった。固まって動けなくなった私は仲間により現実へ引き戻され屋敷から抜け出した。あの時目が合ったのはきっと気のせいじゃない。たしかにお互いにどのような仕事をしているとまでは話すことがなかった。悪と正義。身分が違いすぎだ。ボスへの報告を終えた私は行くのはこれで最後だと心に決め公園へ向かった。この行為は私が彼を諦めるためのけじめみたいなもの。だって、会ったらまた彼を好きになってしまうから。苦しいだけだもの。だから終止符を打つのが一番いい手なのだ。そういい聞かせる。先程のことがあった上に、時刻もとうに日付を越えているのできっと彼はいないだろう。最後に一目見たかったが私はそんなことを望んで許される身分じゃない。悪に染まった私のことなど私が一番理解している。誰もいないと思った公園にはいつものベンチで一人佇むアーサーの姿があった。これは神のくれた奇跡なのか。私の存在に気づいた彼が私のもとへとやってきた。捕らえられる覚悟は既にできている。念のためにと、部屋にメモも残してきた。
「・・・モニカ、」
「何?アーサー。」
「モニカ、君が悪の組織に属していることは知っている。君も僕が正義側の組織に属していることはもう気づいただろう。」
予想はしていたが実際にアーサーの口から本当のことを告げられるとその真実の重みに私は耐えかねてただ頷くことしかできなかった。
「正義と悪・・・。身分違いなのも、相容れないことも理解はしているんだ。でも、自分の気持ちを誤魔化すことはできなかった。いや、そんな理由で誤魔化したくなかったんだ。僕はモニカが好きだ。君を諦めることなどできやしない。僕と付き合って欲しい。」
「・・・アーサー・・・。」
身分が違うからと言ってあなたを諦めようとしていた私が恥ずかしい。私も本当の気持ちをさらけ出してもいいの?許されるの?
「もし君が断ったからといって君を捕らえるようなことは断じてしないから。安心してモニカの本心を僕に聞かせて欲しいんだ。」
もちろん私の心はすでに決まってる。
「私も身分違いだろうとあなたのこと好きなの。今日ここへ来たのも捕まってでもいいからあなたとの想い出の場所に来たかったから。」
「モニカ。・・・大丈夫、僕が守る。」
私をやさしく抱き締める彼の頼もしい腕。
「ありがとう、アーサー。」
彼も私もお互いの立場を十分に理解していた。それに伴うリスクも。それでも二人は惹かれあったのだ。正義と悪。決して交わることのないもの。だからこそ第三者にいつ引き裂かれてもおかしくはない二人の関係。少しでも長く一緒にいられるようにお互いがお互いのために時間を作った。たとえ離ればなれになっても想い出が消えないように。
†††
「お願いだから泣き止んでモニカ。そうでないと僕は安心して逝けないよ。」
少し困った顔で微笑むアーサー。彼のやさしくて大きなあたたかい手が私の頬を伝う涙をぬぐう。
「キスしたら泣き止む?」
「・・・バカ。」
「君の最初の人が僕であるように、僕は君が殺す人の最初でありたかったなぁ。」
「こんなときに何言ってんのよ。まったく。」
「男はみんな女の初めてになりたがるもんさ。」
「そうなの?確かに人を撃つのは初めてじゃないわ。でも、泣きながら撃つのはあなたが最初で最後よ。良かったわね。」
声が震えて上手く笑顔を作れない。
「そう?ならいいかな。僕って結構独占欲強いみたいだからさ。」
「今気づいたの?ずっと前からそうよ。」
「え、そう?自覚無かったよ。」
「自覚があったらあったで厄介よ。」
「ーそろそろ落ち着いた?」
「察してよ、あなたの顔を見ていたら焦点も定まらないわ。」
「仕方ないなぁ。」
そう言っていつものように私を優しく抱きしめるアーサー。私がすべて悪いのよ、だからお願い、そんなに優しい顔をしないで。




