†第2話
現在の時刻は21時。彼と落ち合う約束の時間だ。先ほど彼から5分ほど遅れると連絡があった。あと少しで彼と会える。しっかりと目に焼き付けないと。絶対に忘れないように。ああ、公園の入り口から聞こえてくるこの足音はきっと彼のものだろう。駆け足でこちらに向かってくる。今日が終わればこの音を聞くことはもう一生ないのか。出しきったはずの涙が溢れそうになるのを必死にこらえる。昨日あれだけ泣いたのにまだ溢れてくるのか。
「待たせてごめん。」
「大丈夫よ。まだ3分しか過ぎてないわ。」
「さぁ、今日はどうするかい?やっぱりどこかきれいな夜景でも見に行くかい?」
「ううん、いつも通り手を繋いで公園を歩くだけでいい。そんが私にとっての特別な幸せだもの。」
「了解、お姫様。ではお手をこちらに。」
そう言って手を差し出すアーサー。そして彼の手のひらへと重なる私の手。繋がれた手から滲んでくるあたたかさ。せっかく固めた覚悟が崩れていくたのを感じた。アーサーは私にとっての例外をいい意味でも悪い意味でも与えてくれる大切な存在。殺す覚悟が揺らぐなんて初めてでどう対処すればいいのか分からない。気を抜けば思い切り叫びながら泣いてしまいそうだ。二人はゆっくりと公園の中を歩き続ける。時間が止まるどいう現象はこの残酷な現実ではあり得ないことで、刻一刻と別れの時は迫ってくるのであった。モニカ、覚悟はーーーーーーーできた?
二人は公園の中心に設置してあるマリア像のところへ辿り着いた。すると突然アーサーが彼女の手を離した。そしていきなり手放された手に呆然とする彼女へ向かってこう言った。
「手を後ろにして背中をこっちに向けてくれないか?」
「え?えっと、こんな感じ?」
訳も分からないまま彼の言った通りに手を後ろで組んで彼に背中をける。
「これでいい。それから目を閉じててほしい。」
「・・・わかったわ。」
言われた通りに目を瞑る。気配はわかるので特に不安はない。それにしても一体何なのだろうか。彼にしてはかなり珍しい行動だ。疑問を頭に浮かべ思案していると突然首に冷たい金属のようなものが当たった。ジャラという音と、冷たさと、感触からして多分これは細い鎖だろうか。首に鎖?指にもなにか金属をはめられた。これは一体・・・一瞬捕まえられたのかと思ったがよく考えてみると捕まえるなら手錠を使うだろうし、普通は手首に装着する。そうこう考えているうちに作業が終わったらしいアーサーが声をかけてきた。
「さぁ、こっちを向いて。もう目は開けていいよ。」
言われた通りくるっと回りアーサーの方へ向く。そして恐る恐る目を開けてみる。目の前には素敵な笑顔を浮かべるアーサーの姿があった。
「メリークリスマス、モニカ。とても似合っているよ。」
私の首には十字架のネックレスが、指にはダイヤの輝く指輪がキラキラ光り、その存在をアピールしていた。
「ありがとうアーサー。とても嬉しいわ。」
ああもう嬉しすぎて泣いてしまいそう。でもアーサーはそれだけじゃなかった。まだ続きがあったのだ。
「モニカ、一度しか言わないからよく聞いてくれ。僕は君を愛している。これから先も変わらず愛し続けると誓う。だから、僕と結婚してほしい。」
「ああ、嬉しすぎて死んでしまいそうよ。私も未来永劫あなたを愛し続けると誓うわ。約束よ。」
どちらからともなく口付けを交わす二人。でも運命は残酷で。
「うーん、そろそろ泣き止んでくれないかな?綺麗な顔が台無しだよ。まぁ君は泣き顔すらも美しいから問題はないけどね。でも僕は泣き顔より笑顔が見たいんだ。」
「それは無理よ。だって私はあなたを愛している。そう、一生を共にしたい。だからこそこの運命が辛いのよ。」
私は力なく鞄から銃を取り出す。
「ねぇ、私はどうすればいいの?」
そういう私にアーサーは優しく言った。
「覚悟はしていたよ。いつかこんな日が来ると。そして昨日の電話でのやり取りでモニカの様子がおかしいと感じた。だから、ああ、ついにこの時来たのかって思って今日プロポーズしたんだ。」
私の動揺はボスに隠せてもアーサーには隠しきれなかったみたいだ。
「いいよ、殺して。」
「でもっ・・・!」
「こんな仕事してたらまた命を狙われるのは目に見えてる。だから、どうせ殺されるならば君に殺されたいんだ。」
震えるて言うことの聞かない腕を叱咤して銃を握り絞める。そして銃口を恋人に向ける。でもその腕をすぐに下げてしまう。
「駄目よ。あなたを撃つなんて私には出来ないわ。」
泣きじゃくる私を優しく抱き締めてくれるアーサー。この幸せを私のせいですべて壊してしまう。やっぱり神様などいないのだ。いるのは悪魔だけなのだ。ねぇ、アーサー、万が一やり直せるのなら初デートで行ったあの水族館に行ってまたイルカショーでも見たいな。ううん、ごめんなさい、もう無理だって分かっているの。だって私たちは最初から違いすぎていたもの。




