†プロローグ
12月の夜はとても冷え込んでいて正直外出なんてしたくない。なにか特別なことでもない限り。モニカ・アーロンは家の近くにある公園でかれこれ二時間も恋人であるアーサー・キアランを待ち続けている。待ち人が遅刻しているわけではない。金曜日の夜は仕事が終わったらここで待っている、そういうルールが二人にはあるのだ。お互い仕事で忙しい身であるため、このように待つこともあれば逆に待たれることもある。たまたま今日はモニカの仕事が終わるのが彼より早かっただけなのだ。どんなに忙しくても毎週金曜日の夜は二人で過ごす、そんな小さな幸せ。いつまでも続くと信じていてかった。いつも頭の隅にある不安は見ないふり。
「モニカ、お待たせ。」
「アーサー!」
いつも聞いてた足音も聞き逃すほど集中して空想に浸っていたらしい。
「君が驚くのは珍しいね、何か考え事でもしてたのかい?」
「幸せだなぁ、って思っていたの。続けばいいなぁ、って。」
「もちろん永遠だ。ずっと一緒にいよう。」
「ええ。もちろんずっと一緒よ。」
ずっと一緒にいる、会うたびに誓う言葉。言霊となりて実現することを願って繰り返すのだ。
でも、そんな幸せも突然に終わりを迎える。目を逸らしていた現実に向き合うときがやって来たのだった。クリスマス前日、モニカは依頼が入ったと報告を受け、仕事内容を聞くためにボスの部屋を訪れた。
「アーロン、今回の依頼だ。明日に実行する。だから今日中に作戦を立て報告してくれ。」
そう言ってボスはターゲットのデータの入ったファイルと武器を私にくれた。
「イエス、サー。」
いつも通りの仕事の流れ。そして、いつものように受け取ったファイルからターゲットの写真を取りだし確認をする。ターゲットの名前はアーサー・キアラン。名前と顔を確認したそのとたんに私の頭は真っ白になってその場から動けずにいた。いつも通りのはずがいつも通りではなくなった瞬間だった。
「アーロン?」
そんな私を不審に思ったのか、ボスはが声をかける。
「いえ、何でもありません。ただ、この顔を仕事先でよく見かけるので少し驚いただけです。」
「そうだ。コイツが警備員や護衛の者などの統率をしている奴だ。コイツがいなけりゃ皆してもう少し楽に依頼をこなせるだろう。というわけでアーロン、任せたぞ。」
「おまかせ下さい。必ず成功させます。では、失礼します。」
パタン、と部屋の扉を閉めてから呼吸を整える。なんとかボスの部屋から抜け出せた。はたして私は普段通りを演じることができていたのだろうか。動揺を隠せていたのだろうか。不安はたくさんあるがとりあえず今は任務を遂行するための作戦を立てることに集中しよう。・・・何がなんでも失敗は許されない。失敗すればこっちの命が無くなるのだから。
†††
あれからどのようにして自分の家に帰ってきたのか覚えてない。いつの間に流れていた涙は止まることを知らないとでも言うように流れ続けた。いつかこんな日のが来るであろうとは予想はしていた。でもなぜ明日なのか。別に明日でなくともよかったのではないのか。来週でもよかったのではないのか。実行日の変更をどんなに願おうと、ボスの命は絶対であるから今更覆すことは出来ない。やるしかないのだ。メールでボスに作戦を報告して私は受け取った実弾入りの拳銃を握りしめ未だに途切れることのない涙を止める努力をした。それと同時にアーサーを、恋人を、殺す覚悟を決めた。




