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綺羅  作者: 飛来颯
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ある犯罪者の心理  前編

 ‥‥‥草木も眠る丑三つ時、犬居道人は鬼退治をする為に捜査員数名を引き連れて、鬼ヶ島にやって来た。

 人員を配列させると犬居が号令を出し、一斉に中に飛び込んだ。

 ‥‥‥だが、時すでに遅し。鬼の住居は撤去されており、店の中はもぬけの殻だった。

 残された捜査員たちは、ただ立ちつくすしかなかったのだ。

 ただ一つ、ピンクゴールドのリングを残して。


 

 鬼ヶ島の名前は、アンティークショップ『マーロン』。古賀家、襲撃の際に使用されたランプをここで入手されたものと思われる。

 この店は、いわゆるいわく付きの物件で、麻薬の売人の出入りも目撃されており、以前から密輸組織のアジトとしてマークしていた場所なのだが、その裏にはかつて犬居の部下であった久保田刑事の影があるという。




 それは《木下涼介》を名乗る人物が、古賀恭介と娘の沙織をこの店に誘ったことから話が始まった。彼の本当の名は、栗栖要。

 高校時代は恐喝・窃盗・傷害事件の常習犯であり、少年院に入っていた経験もある問題児で、久保田は、そこに目を付けたと思われる。

 そこで、久保田は傷害で捕まった栗栖に、言葉巧みに近づいた。

 栗栖に言った、口説き文句はこうだ。

 『甘い、マロングラッセはどうだ?』と。 

 一瞬、栗栖は驚いた顔をしたが、すぐに顔をニヤリとさせ、首を縦に振った。

 なぜなら『マロングラッセ』とは、今、巷で名を馳せている密輸組織『マーロン』の隠語であり、言葉としては組織への勧誘を意味していた。

 前から、どこぞの組織で名前を売りたかった、栗栖は大喜びだ。しかも『マーロン』は、アジア海域を股にかける大物であり、そこに入っているというだけで箔がつくからだ。

 その後、久保田は栗栖が出所するまで待ち、行動に移した。


 栗栖は、久保田から手渡された男の書類を全て読み上げた。

 ターゲットは、古賀という衆議院議員の議員様。この男の議員生命を潰せば仕事は完了であり、彼にとっては簡単な仕事である。

 雇い主の名前は明かされてないが、大方メドがつく。 

 この議員を、面白く思ってない野党議員は大勢いるからだ。

 栗栖はすぐに行動せず、古賀議員の娘婿の恭介に目を付けた。

 大物を仕留めるには、まず小物から。

 だが、恭介を調べる内に面白い事実が、次から次へと出てきたのだ。


 こんな面白い仕事は、初めてだ‥‥‥


 栗栖要は、彼の素性を知る内に〝古賀恭介〟自身に興味が湧いてきた。


 調査報告書によると、彼には20年近く昔に付き合っていた恋人がいた。

 その恋人が殺害された時に、殺人容疑が掛けられていたこと。

 その恋人の名は《本田留美子》。

 表の商売は病院の看護婦という堅実な仕事をしときながら、裏ではそこそこ名の通った麻薬の売人だったらしい。

 以前から留美子を怪しんでいた、犬居はいつも彼女を尾行・張っていたが、彼女も慣れたもので、幾度となく巻かれたりした。

 その後、彼女はストーカー男の手によって殺害されてしまったらしい。

 そして彼女の息子は、古賀恭介によって殺されたという事‥‥‥ただしこれは、久保田からの目撃情報だが。


 ‥‥‥実は、古賀議員の件は表向きであり、久保田の本命は、最初から本田留美子の方であった。

 以前から、刑事でありながら悪党である久保田は、幾度となく犯行現場から押収した麻薬や覚せい剤の類いを横領・横流ししていた。

 もちろん、留美子が殺された時でも同じ様に横取りしようと、部屋の中を探しまわった。


 当時、彼女には末端価格として、一億以上もする麻薬を隠し持っていたとされたからだが、麻薬は一向に見つからず、当時の彼女が所持していたとされるポケベルでさえ、見つからなかった。

 その時、本田留美子と半同棲関係だった古賀恭介に何かを託したのかも知れないと、久保田は踏んたが確証はどこもないのだ。


 なにせ、こんな疎い男は初めてだからだ。彼女がストーカー被害に遭ってたのも知らない、子供を産んだのも知らない。

 あまりにも平和ボケしているので、思わず死んだ本田留美子に同情してしまう。


 だが、なんとしてでも、麻薬の在処を知りたかった久保田は、幾度となく補導されてくる見知った顔の栗栖を、それとなく久保田自身も入っている組織『マーロン』に勧誘したということだ。



 久保田から渡された書類に添付された写真には、美しい女性が写っていた。

 (こんな天女さまの様な女が、あんなもんの売人やっているのか)

 見た目では分からないな‥‥‥ここで、栗栖は考えた。

 もし、古賀恭介の前に死んだ筈の女の顔が現れたら、どういう行動を取るのだろうと‥‥‥


 そう考えていた矢先、思わぬ誤算が久保田と栗栖を待ち受けていた。


 他の仲間から聞いた情報だが、どうやら本田留美子の息子の涼介が生きていたのである。

 しかも久保田の先輩で相棒である男が、あろうことか殺人事件の被害者の息子と個人的に親しくしているらしい。

 もしこれが上層部にバレたら、大目玉くらいで済むとは思わないが‥‥

 ここで栗栖は面白いことを思い付いた。


 ‥‥‥ならば本物の本田涼介と、入れ替わればいいだけの話だ。 


 今の涼介には木下家の養子縁組がきていて、それが本決まりになりそうなのだ。

 (もし入れ替わるなら、今のうちだな)

 そうなれば、行動は早い方がいい。

 栗栖は、まず本田涼介の話し方、クセ、仕草すべてを模造する。

 仲間に調べさせた涼介の顔は、全くといっていい程、母親の留美子に似てなかった。

 少しガッカリしたが、文句も言ってられない。

 それから栗栖は、久保田に紹介して貰った闇医者の所に行き、涼介の写真を医者に渡し、涼介そっくりに造りかえて貰う。

 顔が完成すると、本物の本田涼介に会いに彼が育った孤児院へと足を運ぶ。

 (偽物と対峙した時の涼介の顔といったら、まるで幽霊を見るかのような恐怖に怯えて)

 今思い出しても、おかしくて笑けてくる。

 しかも、その直後に栗栖に襲撃をかけたのである。

 (まるでドッペルゲンガーを見るような目てアイツは俺を見ていた)

 思い出し笑いをしながら、栗栖は身支度を整えていく。

 (そこで俺は、隠し持っていたナイフを振りかざし、思いっ切り斬り付けてやった)

 何も知らないまま、断末魔を叫びながら血塗れで倒れてゆく男を見るのは、愉快以外の何物でもない。


 ‥‥‥その後、本物がどうなったかなんて知らないし、興味もない。現場には多少の血痕が残ったが、後は仲間の誰かが証拠隠滅してくれるだろう。

 栗栖としては過ぎ去った過去よりも、今ある現実を楽しみたいのである。

 とりあえず、痛みで意識を失った涼介の顔を分からないようにナイフで傷付け、違う場所に置き去りにしといた。

 身分の分かる保険証など利用できるものは頂いてきたが、その中で一番目を引いたのが四つ葉のクローバーのネックレスだ。

 どう見ても女物だし、年頃の男が持つにしては不釣り合いに見えた。

 クローバーの裏側には、S・Kの文字が掘ってあるが、その時は誰のことなのかイマイチ分からなかった。

 だが後で、調べて見るとそのイニシャルは古賀恭介の旧姓で、古賀が結婚する前に本田留美子に渡した物だと知る。 

 (じゃあ、これで仕事に取り掛かるとしますか)

 栗栖は、自分の首にネックレスを掛けるとと早速、準備に入った。

 

 まず栗栖は、本田涼介の代わりに木下家の養子に入り込み、木下性を手に入れた。

 最初の頃は、何事もなかったかのように良き息子を演じてある日突然、姿をくらますのだ。

 用があるのは《木下涼介》という、保険証だけだからだ。

 その《木下涼介》なる青年は、その保険証を使い、最初に銀行に行って口座を開いた。

 組織から金を融通して貰うためだ。まず金がないことには、何もできない。

 下手に《木下涼介》名義で金借りて、どこかで足がつくことがあるかもしれない。

 その点、銀行カードだと金をいつでもどこでも降ろせるメリットがあるからだ。

 金のメドがついたら、次は闇医者の所へ戻り《本田留美子》に似せた顔に変える。

 栗栖個人が、古賀恭介の驚く表情が見たいからだが、心理的に彼がどういうアクションを起こすか楽しみだった。

 人間、予期せぬ事が起きると予想打にしない事態を引き起こす生き物だからだ。


 栗栖は、整形の術後経過を見ている間、恭介の娘のことを調べる。

 

 娘の沙織は、私立のエスカレーター式の大学に通う、典型的なお嬢さまタイプで祖父の古賀議員も母親も、娘を猫可愛がりしているらしい。

 ‥‥‥こういうタイプは、押しの強い男に弱い筈だ。

 そこで栗栖は、生徒ではないが大学構内に入り、彼女の入っているサークルに参加して、沙織に近付いたのだ。

 

 一番最初に声を掛けた時は、明らかに警戒をされていたが、時間が経つにつれ打ち解けていき、あとはなし崩しで2人の関係は近付いていった。

 彼は、語った。生まれてすぐ母親が死んだこと、孤児院で暮らしていたこと、生き別れになった父親を探しに来たことなど。

 ‥‥‥無論、これは全て作り話である。

 女という生き物は、大抵こういう話をすると母性本能が働いて同情してくるものである。

 だから、根っから箱入り体質の沙織も例外というワケではなかったようだ。


 ただ、彼女の嫉妬深い性格だけは、頂けなかったようだ。

 留美子に似せた顔は美形の類いに入り、男にはウケは良くないが、女にはよくモテた。

 だが沙織という女は、嫉妬深く執念も深いらしい。栗栖に近づく女は、ことごとく平手打ちをして撃退しようとして度々、問題視されてきた。 

 流石に、これは行き過ぎだと、栗栖と周りの人間が止めに入ったりして、事なき得たが、一歩間違えれば傷害事件に発展するところまで行き着くところであった。

 もしそうなったら、今まで建てた計画が全て水の泡になるところだ、冗談ではない。

 そうなったら、今まで掛けてきた時間と労働力は戻って来ないのだ。

 だから、栗栖は考え思い付いた。疑い深い沙織を納得させ、なおかつ古賀恭介に何も疑わせずに近づく方法を。

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