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綺羅  作者: 飛来颯
6/17

拒絶

 結婚する時、妻が言ったんだ。

 『家を建てるなら、三階建ての西洋風がいいわ』ってね。

 子供部屋がいるわね、子供産むならあと2人くらいかしら。それと、動物も欲しいわ。

 庭にはダルメシアンが数匹と、家の中にはアメリカン・ショートヘアーを飼いたいって君は言ってたよね。

 ‥‥だけど悪いね、俺は動物アレルギーなんだ。



 古賀恭介は家に着くなり玄関を開け、声があった方向へ走っていった。

 (今の時間帯は浩紀は学校の筈なのに、なんでいるんだ?)

 有名私立高校に通う息子は、本来なら7限目の授業が始まったばかりだが‥‥‥

 恭介は声があった部屋へと向うと、そこは妻が書斎に使っている部屋であった。中で誰かと言い争う声が聞こえてくる。

 部屋のドアを開け、中に入るとパーカーとジーンズ姿の浩紀と、涼介の姿が見えた。

 「浩紀、どうしたんだ!何があった?」

 父さん! 浩紀は青ざめた顔で、恭介の顔を見上げた。

 「コイツが、母さんの書斎に入って部屋を荒らしてるんだ!誰なんだよコイツ」

 恭介は、浩紀が母親の誕生日パーティーに出席しなかったのを思い出した。

 突然の侵入者に、浩紀は強ばった顔で睨み返していた。

 「浩紀。落ち着け、大丈夫だから。涼介くん、悪いが君は席を外してくれ」

 はいはい。と右手を挙げると、涼介は気怠そうに書斎を出て行った。妻と娘の前では、見せたことのない表情だ。

 (なんなんだ、コイツは?一体誰なんだ)

 涼介とすれ違う時に、ふと恭介と目が合うとニッコリとした。

 「お父さん、駄目だよ。ちゃんと息子を躾けないと‥‥浩紀くんだっけ?屋根裏部屋にいたんだよねぇ、学校に行く振りしてさぁ」 

 何だって?思わず浩紀の方を振り返った。

 「学校行ってないって、本当なのか?浩紀!」

 バタンッという玄関の閉まる音が聞こえると、暫く下を向いたまま黙っていた浩紀が、ポツリポツリと喋り始めた。

 「オレは姉ちゃんみたいに要領良く生きられない。学校行っても勉強ついていけないし、友達もいない。イジメにも遭うし、もう学校行きたくない。家だってそうさ、爺ちゃんも婆ちゃんも母さんまでもが、姉ちゃんばっかり可愛がってさ。」

 今までの思いが、ずっと溜まってたのだろう。涙を目にいっぱい溢れさせ、浩紀はこれまでの想いを恭介にぶつけた。

 (そんな風に思ってたなんて‥‥‥ごめんな)

 まだまだ成長期の浩紀の体を、恭介はギュッと抱きしめた。

 「父さん、あんなヤツを家に入れたら駄目だよ。家が乗っ取られる」

 浩紀は、真剣な眼差しで父親の顔を見つめた。

 「大丈夫だ、大丈夫だよ。浩紀や姉ちゃんや母さんも皆、父さんが守ってやるからな」

 グスッグスっと、父親の胸で泣きじゃくる息子を懸命に宥めながら呪文のように囁く。


 その日の晩、恭介は久し振りに家族で食卓を囲んだ。もちろん、浩紀の姿は今日も見当たらないが。

 「ねえ、ママ聞いてよ。今日行った服屋さんがすごく可愛くて、今度ママも一緒に行こうよ」

 「そんなこと言って、ママにおねだりするんでしょ?」

 「だって可愛いけど、高いんだもん」

 もう、しょうがないわね。

 そんな他愛もない会話を呑気にする妻と娘を尻目に、恭介は昼間に起きた出来事を思い返していた。

 涼介を家から追い出した後、妻が帰ってくる前に何とかせねばと、浩紀を手伝わせて2人で散らばった書類やファイル、貴重品などを片付けていた。

 一体、あの男は部屋で何をしていたのだろう?妻を見る限り、何かを盗られた雰囲気ではなさそうだが‥‥‥

 「‥‥ねぇ、聞いてるの?」

 妻の呼び掛けに、ああ‥‥と簡潔にだけ答えた。

 すると妻は、ホッとした顔で「良かった」と笑い、あるパンフレットを恭介に見せた。

 「私と沙織は、グアムへ旅行に行こうと思うの。その間、メルのことをお願いします」

 なんだって?恭介は後ろを振り返ると、ドイツの大型犬種である雄のジャイアント・シュナウザーのメルが、こちらを覗いていた。

 「おい、俺が動物アレルギーだって知ってるだろ?」

 だから、先に断ってるじゃない?

 妻は愛おしそうに、滑らかそうなメルの黒い毛並みを撫でる。

 普段は妻の事務所で飼ってるから気にならないが、さすがに世話するのは‥‥と考えてると「メルの面倒はオレが見る」という声が聞こえてきた。

 自分の部屋に籠もってる筈だった浩紀だった。

 「浩紀、アンタ学校あるでしょ?」

 沙織の問いに、心配そうに見る恭介を他所に浩紀は自分の口ではっきり答えた。

 「オレ、学校行ってない。だけどそれは誰の責任でもない、オレが学校に馴染めなかっただけなんだ。いつかまた学校に行くから少し時間が欲しい」

 突然の浩紀の告白に、怒るどころか呆気に取られた女二人は、たった一言だけ浩紀に言った。


 すきにすればいい‥‥‥と。


 旅行当日。朝早くに、妻と娘が飛行機の搭乗時間に間に合わないと、バタバタとして恭介の車に乗り込んで飛行場まで連れて行った。

 自宅に帰ってからの、朝一の仕事はメルの散歩から始まる。

 普段、妻の事務所で飼っているで、犬の世話は妻か従業員の誰かがしているのだが、大人しいが猜疑心も強い犬な為、できるだけ家族以外は触らないようにしている。

 本当は動物アレルギーがあるから、あまり触りたくないが、今は浩紀がメルの世話を手伝ってくれるので助かっている。それまでは微妙に開いていた父と息子の距離が、縮まった様な気がした。

 それから恭介は、今の本業の義父である〝古賀先生〟の運転手をする為、急いで公用車に乗り換え、送迎に行く。

 古賀先生の自宅は、恭介の家の隣だが屋敷内の庭園が広い為、自宅玄関に行くまで少し時間が掛かるのだ。

 予定時間ピッタリで玄関前に車を着ける。黒いスーツに黒いネクタイを締めた恭介は身だしなみを確かめ、後部座席のドアの前に立ち、古賀先生が出てくるのを待つ。

 「先生、おはようございます」

 低姿勢で迎える恭介に対し、義父は何も言わずに無言のまま車に乗り込んだ。

 ‥‥‥いつものことである。金で買ってやった、としか思えていないのだろうか?義父にはあまり声も掛けてもらえなかった。

 でも、それももう慣れたものである。

 恭介は後部座席に義父を乗せると、自分は運転席に乗ってハンドルを握り、ゆっくりとアクセルを踏んだ。


 「‥‥近頃、浩紀が学校に行っとらんらしいじゃないか」

 それは久し振りに聞いた義父の声だ。

 「申し訳ありません、僕の監督不行届きです」

 お前の息子だから仕方あるまい。

 義父の言葉には明らかに棘があった。

 多分、弟とあまり仲が良くない姉の沙織が、祖父に告げ口したのだろう。

 義父は孫娘は猫可愛がりにするくせに、孫息子とは全く話そうともしない。

 なぜ同じ孫なのに、こうも扱われ方が違うのか、恭介には分からなかった。


 本当にこれで良かったのだろうか?

 もし、時間が戻るなら何をしただろう?

 留美子とやり直して、留美子の息子とも一から始めることが出来るのだろうか?

 どうせ、叶わない夢なら見ない方がいいだろう。

 まだ俺には浩紀という味方がいる。大丈夫だ、まだ俺の心は壊れない‥‥‥


 今日の仕事は午前中で済んだ。午後からは、第一秘書の金本さんに引き継ぎを頼んで自分だけ先に家路に着いた。

 「帰ってきたぞ、浩紀いるのか?」

 この時間帯は、大体お手伝いさんが買い出しにでていないので、恭介は昼ご飯の準備をしようと台所に向かった。

 台所に向う途中、あるドアの前でペットのメルがチョコンと、陣取って座っているのに気が付く。

 彼は恭介の姿を見るやいなや、おもむろに大きな体を動かし、カリカリッと爪でドアを引っ掻き、開けるように指示する。

 そして恭介が近づくと、メルは少しドアから離れた。苦手意識がないにも関わらず、メルには恭介の気持ちが分かるのだろうか?微妙な距離を保ち、あまり近付かないようにする。


 その部屋は以前、涼介に荒らされたことのある妻の書斎だった。

 ‥‥‥恭介は息を殺し、そっとドアノブに手を掛ける。

 カチャッと、あまり音を立たせずに部屋の中を覗いてみるが、部屋の中は特に変わっところは見当たらない。

 ただ、一つ変わったことといえば‥‥‥

 あれ、あんなところにランプなんて置いてたか?

 それは娘の沙織が妻にプレゼントした物に酷似してたのだ。 

 主人が不在の薄暗い部屋は、どこか寂しく感じられた。

 メルは、少し開けたドアの隙間を器用にスルリと抜け、部屋の中に入ると今度は庭に通じるガラスサッシのところへ座り込んだ。

 どうしたんだろう?

 何気にメルに近づこうとした瞬間、恭介は何らかの違和感に気付く。

 (どうして、ランプが点滅してるんだ)

 恭介が点滅しているランプに気を取られていると、いつもは大人しいメルが牙を剥き出しにし、ワンワンッといきなり吠え始めた。

 「メル、どうした?」

 急に緊張が走る。この書斎の外は、庭に面したテラスとレンガ造りの高い塀しかないから、誰かが意図的に入り込まない限り、普通では侵入できないのだ。

 ふいに誰かが後ろを横切ったような感じがした。

 慌てて振り返るが誰もおらず、姿勢を正して、前を向くと‥‥‥

 (‥‥‥いつの間に!)

 振り向いた瞬間、息が止まるかと思った。

 なぜなら、本当ならいる筈のない〝涼介〟の姿がそこにあったからだ。

 涼介は、壁際に恭介を叩き付けると、サバイバルナイフで恭介を脅迫し始めた。

 彼は恭介の首筋にナイフを突きつけ、こう言った。『本当は、知ってるんだろ?』と。

 なんのことだ?聞き返す恭介に、涼介は容赦無く恭介の右手をナイフで斬り付けた。 

 痛っ! 恭介は斬り付けられた右手を左手で抑えるが、支えてる左手の指の隙間から止めどなく、血が溢れでている。

 「いいか今度は、邪魔をすると命が無いものと思え」

 涼介は、ガラスサッシに留まっているメルを無理矢理蹴り上げると、ギャンッ!とメルの悲痛な叫びが聞こえてきたが、涼介はお構いなしに外に飛び出し、逃げ去ってしまった。

 「メル、メルー!!」

 恭介は急いで、メルの元へ行こうとするのだが、手の痛みが酷すぎて意識が朦朧としてきた。

 その時、ボンッと小さい音でランプが白い煙りと共に爆発した‥‥   

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