希望
時同じ頃。アンティークショップ『マーロン』一味は、次の出店先が決まった。
《マスター》と従業員一同、プラス赤ん坊らを引き連れ、ミニバンタイプのRV車に乗り込んでの移動中のこと。
例の如く、長男(烈)と次男(海)がジュースを、ご所望じゃ。
末っ子、パシリに使われる。 車、緊急停車。
「‥‥‥なぁにが、買い出しは末っ子の役目なんだ! ふざけやがって!」
栗栖要は、憤りを感じながらも、桜が咲き誇る並木道を1人で歩いていた。
目的地は、並木通りを通った後にある道路沿いのコンビニだ。
栗栖が、ブツクサ文句を言いながら歩いていると、向こうから見知った顔の青年が歩いてきた。
(あ‥‥あいつ確か、涼介って名前の)
栗栖は、思わず素知らぬ顔をしようとしたが、相手が何事もなく通り過ぎたので、犬居が栗栖の存在を涼介に、バラしていない事を知る。
(なんだ、あいつ思ったよりも元気そうだな)
今回の仕事が終わってから、栗栖はすぐに元の自分の顔に戻したのでバレなかったらしい。
「お い、カナ! 俺たちのジュースは?」
車中から顔だけを出し、ねだる長男にウルサイ!と怒りを覚えなからも歩きを早める。
「‥‥‥はい、そうです。手続きは問題なく終わりました」
犬居は、涼介と小倉夫妻と別れた後、定時連絡として《古賀浩一郎》に電話を掛けていた。
『それでは、涼介は《小倉》の養子に入ったんだな。では、もう離れてくれて結構だ』
それだけを言うと、相手は勝手に電話を切った。
(それにしても、ただの口煩い爺さんかと思ったが、やっぱり人間だな。しかも、かなり過保護すぎるが‥‥‥)
犬居はフッと笑うと、ポケットに隠し持っていた《本田留美子》のポケベルをゴミ箱に放り捨てた。
先程まで、何度も何度も犬居に頭を下げてた小倉親子を眺める。
やっと、手に入れた幸せだ。涼介には、これから人生を謳歌していってほしい。
だから、お前は留美子の分も生きるんだ。
夕暮れ時になると、段々と肌寒くなり犬居は、足早に車へと向かった。
海沿いの道を、一台のミニバンが潮風とともに、走り抜けていく。
運転するのは、もちろん父親役の《ダディ》。隣には母親役の《マスター》は、誰かと電話中。後ろ2列のシートは、子供たちが陣取っている。
「ママ。誰と話してんの?」
何気に千夏司(3男)が聞いてくるので、何でもない。と携帯電話の電源を落とした。
(クソッ! 今頃になってカナを渡せだって? 冗談じゃない! あの時は、アンタらが任せる、って言っただんろうが!)
《マスター》は、忌々しげに苦虫をつぶす。
彼のいう〝アンタ〟というのは、議員秘書の金本氏のことだ。
マスターらは、いつも金本から指示を仰ぐだけで、実際には元締めの顔を『マーロン』の誰も知らない。
金本がいう話では、今回の件の部外者である《涼介》と、代議士の孫娘を巻き込んだ。という事で、元締めが大変ご立腹だというのである。
だが、《マスター》は今回に関しては、知らん顔することに決めた。
(まぁ、いいさ。ここでは、アイツらの手は届かない。)
誰にも〝家族〟は傷付けはさせない。
ミニバンは、『マーロン』一味を乗せて、次の目的地へと走らせた。
「沙織、お薬ここに置いとくわね」
《古賀沙織》の精神が崩壊して、どのくらいの月日が流れたのだろう?
彼女が床に臥して、看病をする《麗華》の体調も崩れたりと、大変な時期もあった。
ある日なんかは、休学している大学の友人だと名乗る青年が、見舞いに来てくれたりするが、沙織は断固として会おうとしなかった。
ただ近頃は、少しづつだが変化してきた所もある。
それは、犬居刑事が来た日の事である。
彼が帰った後、少し笑顔になってたのだ。
それを見た麗華も、嬉しくなり、どうしたのか尋ねてみるが、フフッと笑うだけだった。
何が、嬉しんだろうか? 何気に気になった麗華は、そっと沙織の部屋のドアを少し開け、中の様子を覗いてみた。
すると、そこには、ベッドの上で微笑む沙織がいた。その視線の先には‥‥‥見知らぬ男性が写った写真を一枚、大切そうに両手で持っていた。
そして、写真を見つめながら娘は呟いた。
「待っててね、私の王子様」
‥‥‥あの男は、誰なのだろう? 気にはなったが、いつ機嫌を損ねるかしれない娘に聞ける勇気が、今の麗華にはなかった。
事態が変化したのは、いつもの様に沙織に食事を運んでいた時である。
いつもは沙織の気配がするのに、今日に限って物音の一つもしないのだ。
「沙織、どうしたの? 食事を持ってきたわよ」
キイッ、と部屋のドアを開けると沙織の姿は、どこにも見当たらず。
小窓の戸が開いおり、そこから風が入ってカーテンが靡いている。
もぬけの殻となっていた、ベッドには一枚の写真が。
(これは、沙織が見ていた写真だわ‥‥)
‥‥‥その写真には、栗栖要が写っていた。
一方、その頃。開店準備中のアンティークショップ『マーロン』にて。
今度の出店先は、海岸辺りのログハウス。
窓を開ければ海が眺められ、さざ波の音に潮風の香りがする。
そして、店に正式採用される事となった、栗栖要の制服お披露目が行なわれた。
白のYシャツ、赤のボウタイ。
赤黒チェックのベストに黑のパンツに、目付きの悪い(二重瞼に整形済)ヤンキー風。
‥‥‥元々、悪人面の男であるから誰も期待はしてなかった。むしろ、してないし考えてみれば、店子の千夏司(3男)以外よくよく考えてみれば全員、悪人顔だった。
お互いを見て男たちは、あれ〜?って言っている。
「おっかしいな〜、よく考えれば俺たちってハンサムなのにさ、カナが入っただけでチーマーに見えるんだけど?」
「ウルサイ!」
不思議に感じる彼らの処へ、《マスター》ご帰還。
「何を顔の事で、ガタガタ言っているんだ!店の準備は、どうしたんだ!」
(あ〜あ、また、お説教が始まったよ。自分の方がイカつい顔してるクセに)
息子たち全員、下に俯く。
今度は、急にオネエ言葉で《ダディ》に文句を言い始める。
「ダーリン。何で、この子たちを叱らないの? このままじゃ、いつまで経っても片付かないじゃない」
‥‥‥多分、《ダディ》は思っているだろう。何で、コイツを選んでしまったのか‥‥と。
(昔の俺に、言い聞かせてやりたい)
黙っとけば、無精髭もダンディに見えるナイスミドルなのに。
するとその時、不穏な空気を掻き消す電話の音が、海のベストの内ポケットから洩れてきた。
トゥルルルル‥‥‥トゥルル‥‥‥ガチャ!
「もしもし」
電話を受けるなり、海の顔が歪んでいく。
「カナ、大変だ! お仲間からの連絡事項で、沙織お嬢が家出したって‥‥‥」
海の言葉に、一同が固まる。
しかし、本人に至っては何も動じることなく、制服のボウタイを緩める。
「別に、気にする事はないさ。子供じゃないんだから、家出の1つや2つくらいするだろ?」
マスターが、栗栖を叱咤する。
「でも、今の彼女は普通じゃない。いつ刺されて死んでも、おかしくないんだぞ!」
ハッ‥‥! いいね。やれるもんなら、やってみな!!
栗栖は沙織と、お揃いで買ったピンクゴールドの指輪を、風通しを良くする為に開けていた窓から、海に向けてポィッと放り投げてしまった。
あ〜あ、勿体無い。
海に、捨てたら環境破壊になるんだぞ。
彼らは、口々に栗栖に文句を垂れる。
(甘ちゃんの小娘が探す範囲なんて、たかだか知れてる。いざとなれば、此処とおさらばして船で遠出をしてみるか)
栗栖要は、ここで新たな希望を見つけ、生きて行くことを決めた。
「父さんが、学校まで付いて行かなくて大丈夫か?」
心配そうに聞く父親を横目に、鞄を背負い自転車に跨がった息子は、呆れた風に言う。
「何言ってんだよ。俺だって高校生なんだから、大丈夫だよ。入学式を二回も出れるなんて嬉しかっただろ?」
恭介が離婚した時、一緒に付いてきた息子は父親の育った土地で、高校を1から入り直す事に決めた。
前の学校の時から、行ってなかった出席日数の事を考えたら、もう一度1年生から始めた方がいい、と浩紀の判断で決めたからだ。
それは、そうだけど‥‥父親の心配は尽きない。
じゃあ、行って来ます。そう言って、ペダルを踏もうとした浩紀は、自分の目の前に立つ女性を見て、目を見張る。
「‥‥‥母さん」
息子の様子を見た恭介は、何事だろう? と歩み寄ると。そこには、少し疲れた顔をした元妻の姿があった。
「どうしたんだ! お前、何かあったのか?」
快活な麗華の面影はなく、今そこにいるのは悲しみに暮れる女性の姿だけ。
「沙織がね‥‥‥沙織が居なくなっちゃった」
涙を流す彼女を、恭介は懸命に肩を抱いて、慰めの言葉を掛ける。
「大丈夫、大丈夫だよ。沙織は絶対、帰ってくるから」
恭介は、息子に学校に行くように促すと、妻を自宅兼事務所へと連れて行った。
‥‥‥俺は、もう一度リセット出来るだろうか?人生を。
もしそれが叶うなら、俺はやり直したい。麗華と沙織と浩紀で。
だから俺も一緒に、沙織を捜してもいいか?
少しづつで、いいんだ。少しづつ歩み寄っていこうじゃないか。
‥‥‥だって、家族だもん。
『綺羅』 完。
やっと、終わりました。
小説『綺羅』、自分でいつ終わるんだろう思いました。
読んで下さった皆様、ありがとうございます。
ちなみに、個人的に気に入っている『マーロン』は個別に書いて行きたいと思います。不定期ですけど。
『綺羅』というのは、《華やかな》とかの意味合いがあり、キラキラとした華やかな世界で生きて行く〝男の哀愁〟というものを書いてみました。
もし、ご意見・ご感想があったら書いて下さい。今後の執筆の参考にします。
飛来颯