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綺羅  作者: 飛来颯
16/17

想い

 恭介と麗華の離婚が成立して、もう数ヶ月が経とうとしていた。

 離婚したと同時に、養子縁組も解消したので、彼は《古賀》姓から《曽根》に戻った。

 夫婦の財産は折半し、慰謝料はなし。子供の親権については、双方よく話し合った結果。長女の沙織の親権は妻が、長男の浩紀の親権は、恭介が取ることにした。

 別に、憎しみ合っての離婚じゃない。どちらかというと、この話は恭介も麗香も、しっくりこない出来事だった。


 なんせ元は、沙織の失踪から始まった、と言っても過言ではないからだ。



 事の発端は、数ヶ月前のこと。

 《木下涼介》と名乗る青年に、沙織が恋してしまった所から始まる。

 気性の激しい彼女は、恋する彼の言うこと全ての話を、真に受ける様になった。

 最初は、彼の思惑通りだっすたのだろう。


 だが、計画が段々と崩れていった。


 それを暴いたのが、友人の形成外科医の多田智である。それ以降は次々と《木下涼介》のボロが出始めた。

 ところが、時すでに遅し。沙織の心は、《木下涼介》に持っていかれ、彼女の意思で、彼の所へ行ってしまったのだ!

 そのまま、沙織は貸し倉庫で人質として捕まり、恭介が次に見つけた時は、血まみれになった刃物を持って立ち尽くす娘の姿だった。

 明るいのが取り柄だった彼女が覇気も無く、目の焦点も合わずに血まみれになった刃物をガタガタと震える手で握りしめていたのが、恭介には印象的だった。


 その後、誰かに投げ込まれた白い煙で眠らされ、次に目が覚めた時には病院のベッドにいて、離婚弁護士が待ち受けていた、という訳だ。

 それも『古賀麗華の代理人』と言ってる割には、歯切れが悪く。確認の為に、麗華本人に連絡を取ってみたものの、知らないと一点張り。


 どうやら離婚弁護士は、可愛い孫娘が誘拐された事により、怒り狂った義父の差し金だったらしい。


 兎にも角にも、話しの中に恭介は入り込めず、向こうの弁護士の話だけトントン拍子で進んで行き、《曽根百貨店》の援助だけは、打ち切りはない。という条件を出してきた。

 その間、麗華本人は姿を現さず。

 やっと、姿を現した時は、話しを離婚調停に持ち込んだ時だった。その時、彼女は少し疲れている印象を受けた。



 ‥‥‥それから、2人の離婚は成立した。 



 「おい、浩紀。こっち来て荷物の紐解くの手伝ってくれ」

 わかってるって。浩紀はそう言いながら、メルと遊ぶのに夢中みたいだ。

 恭介が《古賀家》を去って、まず、初めにした事は、2人が住む所を探すことだった。

 《古賀》を出た事で職を失った恭介は、実家に頼る形で、小さい店を出資してもらうことが出来た。

 まだ、恭介の体調は万全ではないが、日常生活に支障が出ない程には回復した。

 とはいえ‥‥‥《栗栖要》に木刀でボコボコに殴られたのである。無事では済まず、今だに体の節々がまだ痛む。

 特に入院してた時の、麻酔が切れた時の痛みといったら! 神経が麻痺するくらい体中に痛みが走って、それだけで失神しそうだった。 

 だが、翌日から忙しくなる。まず、商品を仕入れる事と、人件は《曽根百貨店》から借りる事ができそうだ。

 暫くは、浩紀にも手伝って貰うことになりそうだが、息子は息子で心機一転して県立の高校に入り直すみたいだ。

 ちなみに、妻の麗華が飼っていたジャイアント・シュナウザーのメルは、一連の事件で妙に懐かれてしまい、麗華に許可を貰って連れてきてしまった。

 ‥‥‥だからと言って、動物アレルギーが直る訳ではないが、前よりは幾らかマシになった。

 メルの世話は、浩紀がしてくれる事になり。たまに恭介がいない時に、内緒で麗華が顔を覗かしているらしい。

 もちろん麗華の方は、表立って来るつもりはないらしいし、恭介とは電話で話しをするだけだ。

 だから、たまに麗華から電話が来ると愚痴をよくこぼす様になった。


 『今、沙織が安定剤で眠った』から始まり。


 『父が近頃、再婚話を持ち掛ける様になった。やめて欲しい』と心細く喋り。


 『もう一度、やり直したい』と、懇願してきた。


 だが、どんなに麗華が喚こうとも、絶大な金と権力を持ち合わせる父親に反論する事も出来ず、泣き寝入りするしかなかった。

 仕方があるまい、こんな結末になるなんて麗華どころか恭介でさえ、思わなかったのだから。

 だから、恭介は諭す。もし、沙織の体調なり心が落ち着いたら、もう一度お義父さんに掛け合ってみよう、きっと沙織の事で怒っているだけだよ。



 落ち着けば、きっと‥‥‥



 「何を言ってるんだ? 今更、見合い話を断る訳にはいかないんだ。考え直せ、麗華」

 衆議院議員、古賀浩一郎の私室にて。

 先日から再三、申し込まれている御曹司との縁談話を断り続けているという、娘の麗華を説得する為だ。

 「麗華。先方からのお誘いを、無下にするとは何事だ。こんな良い縁談は無いぞ?」


 だけど、父様。私は恭介さんの方が良かったわ。


 必死に訴える娘の話しに耳に傾けることなく、キャッチが入った。と、早々に電話を切り替えてしまった。

 「はい、古賀だが」

 『‥‥‥‥』

 暫く無言の後、痺れを切らした浩一郎が怒鳴ると相手側は喋り始めた。

 『申し訳ありません。私は警視庁捜査一課の刑事で犬居と申します』


 なんで、この番号を貴様なぞが知っとるんだ! と、浩一郎が問いただせば、相手側から思いもよらぬ答えが返ってきた。

 

 『私は、本田留美子さんの遺留品に残されていた電話番号に掛けたんですが、知りませんでした‥‥今回の本当の黒幕は、古賀浩一郎さん。貴方だったとは』


 ‥‥‥さて、なんの事やら。


 意味深に返答した古賀に、犬居は確信した。やっぱりコイツが関わっていると‥‥!


 実は犬居は、以前から張っていたアンティークショップ『マーロン』から、古賀浩一郎の私設秘書である金本が出入りするところを幾度となく見掛けるようになった。

 それから犬居は、金本のボスである《古賀浩一郎》にも疑いの目を向ける様になった。


 そこで、密かに《本田留美子》の遺留品から抜き取った、彼女のポケベルを隠し持っていたのだが。

 よもや『マーロン』と《古賀浩一郎》、それと《本田留美子》までもが繋がってたなんて、信じたくなかった。

 なぜなら、今まで犬居が追っかけていた《古賀恭介》は、彼らの被害者という訳になるからだ。

 

 『なぜ、こんな酷い事をするのですか? 娘婿を皆で騙す様なマネをして!』

 憤る気持ちを抑えながら喋る彼に、浩一郎は悪びれる風もなく、語り始めた。


 「騙すなんて、酷い言い方だな。彼は儂の大事な義理の息子であり、婿殿だろう? まぁ、それも最近までの話しだが」


 なんて奴なんだ、利用できるものなら何でもいいのか‥‥‥‥だが、次の言葉で犬居は、驚愕を覚える事になる。


 「留美子‥‥‥あの子には可哀想な事をした。私の息子を宿したばかりに」


 『‥‥‥!? 何だって息子? 留美子の息子は坂木のじゃあ、ないのか?』


 犬居が問いかけると、電話の向こうでせせら笑う声が聞こえてきた。


 「そういう事にしてたのか、ご苦労な事だ。確かに、儂らの関係は表沙汰には出来ないが、留美子と儂は男女の関係だったのだよ。坂木の奴は、留美子に横恋慕してたようだが、常に監視の目を光らせてたからな。だが、さすがに恭介との逢い引きまでは入り込めなかった」

 

 最初は、不肖の娘が引き起こした不倫を揉み消す為、身代わり人間を探してたのだが‥‥‥その時、ちょうど金の工面で困っていた《曽根屋》の息子が、留美子の勤める病院に現れた。


 ああ、可愛い留美子。当時、彼女は儂の言う事をよく聞く良い娘だった‥‥‥いつ頃だっただろう、儂らの関係が変わっていったのは?

 多分、素性を調べる為に近付けさせた留美子が、恭介に本気になった時だ。


 彼女は、儂に懇願してきたよ。もう、こんな不毛な関係を断ちたい、とね。


 そんな事が出来ると思うか? 彼女の腹には、すでに儂の子が宿っている。それなのに、全てを放り出して恭介と一緒になりたいと言ったんだ。


 しかし、そんな事をして困る人間が、何人いると思うんだ? 援助を求める《曽根屋》に従業員、卸し業者‥‥‥


 『そんなの、言い掛かりだ』


 そうだな、その通りだ。私は、恭介に嫉妬してたんだ。だから‥‥‥


 『だから?』


 私が、留美子を殺してやった。


 (‥‥‥!!! なんて事だ、狂ってやがる)

 

 「驚いたかね? まさか、殺人の犯人が名乗りでるとは思わなかっただろう? 確かに、あの管理人は留美子を殺そうとしたが、爪が甘かったな。彼女が息を吹き返しそうだったから、儂が代わりにトドメを刺しといてやったよ」


 あっけらかんと話す浩一郎に犬居は、はらわたが煮えくり返りそうだった。

 まさか、ここで留美子殺しの真犯人が現われるとは、思わなかったのだ。彼としては、留美子を恭介に取られるくらいなら殺してしまった方がマシだと。


 たが、彼は囁く。ここで、もし儂を捕まえたとして、誰が得をするのかね? と。

 

 「それより、君の方が恭介よりも、よっぽど役に立ちそうだ」

 そして、最後に古賀浩一郎は言った。『私の犬にならないか』と‥‥‥

 




 ‥‥‥‥‥そして、月日は流れ。


 新しい春を迎え、寂しかった裸の木々たちに新しい実が付き、花となり人々の目を楽しませる。

 弁当を持った家族連れや、花見をしながら歩くカップルなど、様々である。

 そんな中、この場所に不釣り合いな男が1人、ポツンと立っている。刑事の犬居だ。


 「あ、おじさん。こっちだよ」


 にこやかに犬居を招き入れる青年は、数ヶ月前の事件に巻き込まれた本物の《涼介》だ。


 当時。彼は、いきなり現れた《栗栖要》に顔を切り刻まれ、つい最近まで入院していた。 

 涼介は、ナイフで顔を傷付けられて以来、痛みと傷の酷さで、包帯で顔をグルグル巻きにしないと、恐くて表に出れなくなってしまった上に、

 あろうことか《栗栖要》は《涼介》に、堂々となりすまし、まんまと涼介の代わりに《木下》の養子先に入ってしまった。


 肉体的にも精神的にも、痛くて辛かった彼だが、以前から自分や施設にも良くしてくれる犬居に支えられ、立ち直る事ができた。



 そして、ある日の事。犬居が、《曽根恭介》という男を連れてきた。

 その人は、包帯を巻いた無残な姿の涼介を見るなり、いきなり大声で泣き出した。

 大人なのに、みっともないと思ったが、何も言えなかった。


 そして彼は、涼介に《多田聡》という医者を紹介し、言った。


 『絶対、お前の顔を取り戻してやるからな』


 その《多田聡》という人も、涼介の顔を感慨深げに見ていたことが、印象的だった。

 

 それから、2週間後。涼介は、自分の顔を取り戻した。最初は顔をイジるなんて、違和感があったが、時間が経つと気にならなくなってきた。

 

 そして、元の顔に戻す事が出来た涼介の前に、犬居刑事と曽根恭介が《小倉小夜子》と名乗る女性と、旦那を連れてきてくれた。

 小倉夫妻は、涼介の亡くなった母親と曽根恭介の知り合い、という話しだ。


 彼らが話すには、涼介は以前、母親の留美子から預けられたらしいが、赤ん坊の頃に行方知らずとなってしまったらしい。

 彼女たちは、探し続けていたが見つからず、絶望的な日々を暮らしていたのだが。

 今回の事件で、探していた涼介が見つかったので、犬居が恭介を通して小倉夫妻に連絡した‥‥という話しにしている。

 

 実際には《涼介》は、赤ん坊の頃に犬居の手によって救出され、彼自身も世話になった孤児院に預けられていたのだが。

 まさか《涼介》が、問題児の《栗栖要》に狙われるとは、思いもしなかった。 


 だが涼介としては、この犬居がいなければ助からない危機的状況もあったのは確かだし、感謝してもしきれない。


 「犬居さん、貴方には感謝しています。私たちの元に、あの子が戻ってくるなんて、まるで夢を見ているようです」

 何度も頭を下げる小倉夫妻に、犬居は首を横に振った。

 「頭を上げてください。私は、職務として当然の事をしたまでです」

 犬居はこの日、小倉夫妻と涼介の養子縁組をするのに立ち会い人として、呼ばれた。

 当然、手続きは滞りなく進み、彼らは晴れて、本当の親子となった。


 ちなみに、最初に涼介の里親になる予定だった《栗栖要》の被害者、木下夫妻は栗栖に騙されていたものの、被害届けは出さなかった。

 それというものの、彼らは実質的には被害を受けてない上に、反対に栗栖の身の上を心配する始末。


 後日、木下夫妻は新しい養子を迎えたという。


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