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綺羅  作者: 飛来颯
12/17

顛末         前編 

 ‥‥‥古賀恭介は自身の運転で、とある廃工場に辿り着いた。

 恭介の目当ては、行方知れずになっている娘の沙織だ。

 少し緊張気味に車から降りると、後ろのトランクに積んでいた二千万の現金入りバッグを下ろした。

 後に、沙織のスマートフォンで送られたと思われるメールで指示がきたのだ。

 『現金二千万円を、バッグに入れて持ってこい。バラでだ』



 事の発端は、一本の電話から始まった。

 娘の沙織が、階段の踊り場で誰かと言い争う声が響いてきたのだ。

 てっきり、いつもの兄弟ゲンカかと思い、止めるべく娘に近づいたのだがケンカの相手は、息子の浩紀ではなく‥‥‥電話での言い争い、しかも相手は《木下涼介》こと栗栖要だった。


 (沙織、アイツは駄目だ。酷い目に合わされる)

 だが、時すでに遅し。沙織は、すっかり《涼介》の虜になっていた。何を言っても聞いてくれない。

 怒っても素知らぬ顔をし、仕舞いにはヤツのことを『私の王子さま』という始末。

 もう恭介の、手に負える状態じゃなかった。

 なんとか、娘の目を覚まさせようとしたが、目を離した隙に、まるで糸の切れたタコみたいに、娘はどっかに行ってしまった。


 最初は、すぐに帰って来るものだろうと思ったが、考えが甘かった。

 日付けが代っても一向に帰ってくる気配がない。

 仕方なく、恭介は知り合いの刑事である《犬居》に相談をした。

 すると、彼から思わぬ答えが帰って来た。

 ‥‥‥それは、アンティークショップ『マーロン』で、襲撃した際に犬居が見つけたピンクゴールドの指輪のことだ。


 それから程なくして、恭介の携帯電話に沙織のケータイ番号で『娘は預かった』と、栗栖の声で連絡があった。

 その内容に恭介は驚いたが、それ以上に動揺したのが妻の麗華だった。

 妻は白状した。今回のグアム旅行は、娘の為に計画したこと。そして誘った筈の《涼介》が、途中で姿を消した事など。

 (じゃあ、あの時にアイツと沙織が電話で言い争っていたのは‥‥‥)

 それは、妻と娘が旅行に出掛けた日のことだ。

 《涼介》が、飛行場から居なくなったて言うが当然である。だって涼介は、妻の書斎に現れたのだから‥‥‥

 錯乱する妻を宥めながら、恭介は義父の第一秘書である金本に連絡を取った。

 身代金の二千万は、妻の麗華が用意してくれることになった。


 早速、古賀家に来た金本に銀行で身代金を下ろして来て貰い、それを革製のボストンバッグに百万円を束ねているオビを千切って詰め込んでいく。

 貧血を起こし、身持ちを崩した妻の面倒をお手伝いさんに頼み、自分はGPS機能のついたモニターと携帯電話を手に持った。


 義父を失脚させる材料として、猫可愛がりする孫娘が、誘拐されたなんて‥‥ 

 口が裂けても恭介が言える筈もなく、その事は金本に頼むことにした。

 


 自家用車のトランクに現金、二千万円を詰め込むと、心配そうに見つめる麗華を抱き締め、恭介は運転席に乗り込んでエンジンをかけた。



 ‥‥‥どの位、車を走らせたのだろうか?

 市街地を離れ、山奥を突っ走って山林道を走り抜けて行く。

 確実にGPSは沙織のスマホに近付いているのだが、沙織がなぜこんな場所まで連れて来られたのか、全く分からなかった。


 (沙織、待ってろよ。もうすぐだ)


 そして彼は、ある港近くの工業団地へと辿り着いた。

 多分、造船業や自動車工場にそれらの部品を造る工場などが、軒並みに建ち並んでいるが、幾つかの工場は稼働してなかった。

 だが恭介は、この場所に見覚えがあった。

 それはもう20年も前の話だ。

 自分が《涼介》を〝沈めた〟と思い込んでしまった場所。


 (‥‥‥東京湾近くの港だ!)


 あまり思い出したくもないが、自分の行いを咎められる時が来たのかもしれない。

 もし本物の《涼介》に会えたなら俺は‥‥‥


 恭介は工業団地に入ると、ゆっくりと車を走らせて周りを見渡す。 

 この辺りか‥‥‥モニターに写ったGPSが激しく点滅し始めた。

 恭介の車が停まった先には、古ぼけた機械部品の工場があった。

 恭介は、車のトランクから金の詰まったボストンバッグを取り出しす。

 金の重さで、ズッシリとしたボストンバッグを抱えて、恭介は歩き出した。

 トタン屋根の閉鎖された工場は、窓ガラスの殆どが割られており、砂埃が所々積もっているのが見える。

 恭介は、錆びがきている重たい鉄の引き戸を力一杯に引っ張た。


 ギギギギィィ‥‥‥ギギギ‥‥

 

 耳障りな音が、周りに響き渡る。

 (なんて、イヤな音なんだ。早く沙織を探して、ここから出ないと) 

 生物学的に見ても、恭介と沙織には戸籍以外で見れば、血の繋がりなど何もない。

 ただ、血縁以上に彼女を愛している。もちろん浩紀も同等であるし、あんなに嫌がって結婚した麗華にでさえ、愛情が湧いてきた。

 20年以上も家族として、生きてきたのだ。これ以外に、助けに行く根拠として何がいる?

 偽善者と言われようが、親として、夫としても、完璧な模範解答だと思う。


 恭介はゆっくりと、GPS反応があった部屋へと飛び込んで行った‥‥‥




 恭介のいる廃工場の隣に建ってある、貸し倉庫の屋根に人間の影2つ。

 「ハハハ。見てみろよ、アイツのマヌケ面!おかしいったら、ありゃしないぜ」

 1つ目の影は、栗栖要だった。双眼鏡で廃工場の中の様子を覗き見ていた。

 「あんな分かりやすく見付かったら、ゲームじゃないだろ?」

 彼の言っている、言葉の意味とは『沙織』という人質の存在だ。

 古賀恭介がGPSを頼って、古錆びた部屋に入ると沙織の姿はなく、代わりに沙織のスマートフォンだけ見つかったのだ。

 それもその筈、最初からそこには彼女はいなかったのだ。彼女のスマホをどこに置くか仲間と相談して、スマホだけを置いて隣の倉庫に移った。


 沙織がいる場所は、栗栖がいる屋根の下の貸し倉庫の中にいた。

 元々この貸し倉庫は、『マーロン』が大口の取り引きをする時に利用してた場所だ。

 もちろん、アンティークショップ『マーロン』の在庫整理としても活用している。


 『マーロン』の〝マスター〟は言った。

 組織の証拠になるような物は、一つでも倉庫に残すんじゃない、と。

 もし、何らかで警察のガサ入れが入ってしまったら、一網打尽で『マーロン』がしょっ引かれる可能性があるのだ。

 (まぁ、俺ならヘマな事はしないと思うが)

 チラリと、隣を見る。

 隣にいるのは刑事の久保田で、現在は警察‥‥主に先輩刑事の犬居に身柄を追われている。

 欲深い久保田のことだ。大方、押収したブツを横流したのがバレたのだろう。

 でなければ、こんな所に雲隠れする筈がない。


 ‥‥‥その時、何を思ったのか大人しく膝を落としていた久保田が急に腰を上げた。

 「どうした?これから面白くなるのに」

 怪訝そうに伺う栗栖に、久保田は困った様な顔をして首を横に振る。

 「これから、物見遊山というのも良いが残念ながら、これから忘れ物を取りに行かなければならないんだ」

 悪いが、後は頼む。久保田はそう言い残して、1人だけ車で立ち去った。

 「‥‥‥忘れ物ねぇ」

 栗栖は、そのままどこかに電話を掛け始めた。

 「もしもし‥‥‥」





 古賀恭介は、娘である沙織の姿がどこにも見当たらず、途方に暮れていた。

 震える手を抑えながら沙織のスマホに触れようとした、その時。


 ジリリリリィィィ‥‥ン、ジリリ‥‥‥


 渋めの黒電話音と共に、スマートフォンのディスプレイが明るくなり『涼介くん』という文字で、着信がきた。

 恭介は、恐る恐る沙織のスマホに出ると、予想通りの声が聞こえてきた。

 『情けない顔してるぜ、おっさん』

 それは、紛れもなく《栗栖要》本人の声だった。

 「さ‥‥‥沙織、沙織はどこにいるんだ?金を持って来たんだ、沙織を返してくれ!」

 まぁ、慌てなさんな。栗栖は、そう言って話を続ける。

 『沙織なら、アンタが今居る所の隣の貸し倉庫にいるよ。娘を返してほしくば、バッグだけをそこに置いて、こっちに来いよ』

 それだけを伝えると、栗栖は勝手にケータイを切ってしまった。

 恭介は、栗栖に言われるがままに身代金を詰めたバッグをその場に置き、そのまま隣の貸し倉庫に向かって歩き出した。


 一方、その頃。恭介が、こちらに向かっている事を確認した栗栖は、貸し倉庫の屋根から飛び降り、人質になっている沙織の所へ足を伸ばしていた。

 

 ‥‥‥ところが。


 「おい、そこで何やってんだ!」

 栗栖が倉庫の中に入ると、沙織を隠している輸入雑貨品の保管室から、つんざくような叫び声が聞こえてきたのだ。

 声があった方へ行くと、沙織の服が男たちに引き裂かれ、乱暴されそうになるところだった。

 栗栖は、無理矢理に沙織の体から男たちを引き剥がすと怒号が飛ぶ中、栗栖は片っ端からぶち殴っていった。


 久保田が、他所で助っ人として呼んでいたヤツらだ。


 別に殴ろうが、殺そうが『マーロン』に咎められる事はない。散々に殴りつけた後、自分の仲間に始末をするよう頼んだ。

 それを遠い目でみていた沙織は、そっと栗栖の背中に寄り添い、尋ねた。

 「なんで、涼介くんはサオリに優しくしてくれるの。人質だから?」

 その問いに、栗栖は何も答えなかった。

 ただ、そっと自分が着ていたダウンジャケットを沙織に羽織り、こう言った。

 「お前は、黙って隠れとけばいい。動くと怪我をするからな」

 栗栖は沙織に、そう告げると保管室の扉をゆっくりと閉めた。

 沙織を縛りつけていたロープが、さっきの騒動で殆ど外れてしまったという事を知らずに‥‥‥

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