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綺羅  作者: 飛来颯
11/17

恋の代償

 沙織‥‥‥ねぇ、沙織。

 私のお人形さん、ママの話を聞いてちょうだい。もし、貴女に好きな人が出来ても絶対に焦っちゃダメ。そっと近づいて、肩を寄せ合えば、いつか相手に伝わるものよ。


 どんな廻り道をしてもね‥‥‥

 

 その話をした時のママの目が、とても印象的だったの。だって、いつもママはサオリの女神様だけど、その時だけ魔女に見えたから。


 


 ‥‥‥古賀家に、近付いてくる人間は皆、大ッキライ。どうせ、お爺ちゃんの権力にあやかりたい人ばっかでしょ?

 サオリに近付いてくる人間も、そんなのばっかりだもん。

 皆ヘコヘコとご機嫌伺いしてくるの。バッカじゃないの?

 お爺ちゃん?お爺ちゃんは大好きよ。

 甘えれば手に入らない物なんてないし、お小遣いも沢山くれる。だけど、本当に欲しい物はそんなものじゃない。


 本当はサオリは、焦がれるような恋がしたいの。

                    

 いつか大好きな人と、一緒に暮らしたい。

 サオリの目の前に現れた涼介くんは、きっと神様が与えてくれた天使じゃないかしら?

 彼を見た時に、まるで全身に電流が走ったかのようにビリビリしたの。

 彼は、この世のモノじゃないかのように美しく、サオリは一瞬で恋に落ちたの。


 だからサオリは、決めたわ。

 絶対に、彼をサオリのモノにしてみせる。そうママが、パパを射止めたように‥‥‥


 

 その日、古賀沙織は憤慨していた。

 大好きな《涼介くん》が、沙織を空港に置き去りにして、とっとっと自分だけ帰ってしまったのだ。

 その日は、待ちに待った彼とのグアム旅行で、沙織の母親もいたのだが、途中で撒くつもりでいた。

 (せっかくの涼介くんとの旅行なのに、ママなんかに邪魔されたくない)

 正直にいうと涼介と沙織は友達以上、恋人未満の関係で沙織としては、涼介に早く恋人として見てほしかった。


 なのに、彼を捕まえようとすればする程、彼は逃げて行く。


 もっと、サオリを見て欲しい。

 どうすれば、サオリだけ見てくれるの?


 沙織は、募る想いを抱えていた。


 本当は、母親の誕生日パーティーの時に《木下涼介》を恋人として、祖父母と両親に紹介するつもりだったのだが、なぜか父親の恭介が異常反応するのだ。

 多分、それは気のせいじゃない。

 父親を見れば分かる。

 (初めて彼を見た時、パパの顔がスゴく恐かった。何を聞いても大丈夫。の一点張りだし、涼介くんの様子も何だか変だった)

  もし涼介くんが、悩んでる事があるならサオリに話してよ。

 サオリが、涼介くんの力になってあげるから。


 だから、涼介くん『距離を置こう』なんて言わないで‥‥‥


 何があったの? サオリの何がいけないの? パパと何かあったのね?

 そう‥‥パパが嫌いなのね。大丈夫、あんなヤツは本当の父親なんかじゃないんだから、サオリが追い出してあげるからね。


 ‥‥‥ねぇ、そっちに行ってもいい?



 純真無垢なお姫様は、こうして悪い鬼のいる巣窟へと赴くのでした。




 古賀恭介は、妻の麗華の肩を抱き寄せ、じっと電話の受話器を睨んでいた。

 沙織が、忽然と姿を消して丸三日が経った。

 最初は、気分が落着いたら帰ってくるだろう、とタカをくくっていたが、待てど暮らせど帰って来る気配がない。

 心配になって、大学に電話すると大学を欠席しているという回答が。

 それに加え《木下涼介》という存在も、大学に在籍していないという。


 (一体、どういう意味なんだ?)


 大学側から、思わぬ応えが返ってきた古賀恭介は、明らかに動揺していた。

 流石に妻の麗華でさえ、心配そうに恭介を覗き込んでいる。

 「アナタ。あの子の事だから、きっと大丈夫よ」

 そうは言っても〝生きている〟という確証は、どこにもない。

 なんせ、あの青年《木下涼介》が現れてからというもの、おかしい出来事が多過ぎる。

 

 大体なぜ、20年以上前の留美子の事件を蒸し返す必要があるんだ?

 しかも、麻薬の運び屋だって?

 冗談じゃない!もし、そんな事を知っていたら最初から、そんな女なんかと付き合うか! 

 しかも、久保田という刑事なんかが係っているというし‥‥‥って、あれ?

 ここで恭介は、ある違和感を覚える。


 それは、留美子が亡くなる数日前の事だ。

 恭介の部屋に、掛かってきた電話の事だ。 

 『この女は、諦めろ』という、野太い男の声の事だ。

 声なんて、ボイスチェンジャーでいくらでも変えれるんじゃないか!

 だとしたら、もしかして20年前に脅しの電話を掛けてきたのは、大家の坂木じゃなく‥‥‥久保田刑事!!?


 ポッ、と出た可能性に恭介は思わず、以前に犬居刑事から貰った、彼の携帯番号が書かれた紙を取り出した。

 そして、すぐさまプッシュボタンを押し、彼の携帯電話に繋がると、こう叫んだ。



 「犬居さん、頼む。俺の家に来てくれ」



 ‥‥‥待つこと1時間後、古賀家に犬居は1人で来た。そして来た事を確認したら、すぐに応接間に通す。

 「どうしたんだ、いきなり呼び出して」

 犬居が、応接間に入るのを確認すると、恭介は鍵を掛けた。

 「悪い、あまり他人に聞かれたくないんだ。ソファに座ってくれ」

 促されるまま、犬居は座ると恭介は机の引き出しから、1つの鍵を差し出した。

 「これは?」

 恭介の差し出したのは、何のヘンテツもない鍵だった。

 「これは、会社を経営してた時から借りていた、貸しロッカーの鍵だ。個人的に金払っているヤツだから、勝手に他人は触れない」

 もし、謎解きがあるとしたら、これくらいのものか。

 「20年昔のでも、通用するのか?」

 「‥‥‥ああ、銀行の引き落としは今も継続されているから、利用はできてるみたいだ。ただ、結婚してバタバタと引っ越したりして、すっかり忘れていたがな」

 以前に住んでいた場所も、すっかり様変わりしている筈だ。

 「留美子にも同じ鍵を渡していた。俺は、あまり利用しなかったんだが、もし久保田が付け狙う何かがあるとしたら‥‥‥」

 「多分、麻薬だろうな」

 犬居は、そう呟いた。

 2人が囲むテーブルの下には、赤く点滅する盗聴器があるとも知らず。

 

 

 

 ‥‥‥とある工業団地の廃工場にて。

 もう誰にも使われていない所で、機材などはすでに全て引き払っており、残ってるのは殺伐とした工場の雰囲気だけだ。

 その、廃工場の内部で数人の男たちが、たむろっていた。

 「ん〜んふっふっふ、感度は良好」

 男が、満足そうに無線で盗聴器の内容を、聴き取っている。犬居刑事の後輩だった久保田だ。

 「流石、要だな。ピンポイントで聴こえる」

 「だろ?念の為に、一階の全室に仕込んどいたからな」

 それにしても‥‥‥と、久保田が隣の部屋のドアを見た。

 「なんで、母親じゃなくて娘の方を拉致したんだ?これじゃあタダの誘拐で、契約違反になるぞ?」

 不満を漏らす久保田に、栗栖はチッと舌打ちをした。

 「仕方ないだろ。勝手にまとわり付いてきたんだから」

 2人が話していた娘とは、恭介の娘《沙織》のことだ。


 それは、計画を一旦とりやめて体制を整えようとした時である。

 プリペイド携帯に、沙織から電話が掛かってきたのである。当然の事ながら、旅行をすっぽかされた沙織の怒りは心頭していた。

 だから、栗栖は言ってやった。

 『君とは、少し距離を置きたいんだ』と。

 それから『君と僕とでは釣り合わない』とも言ってみる。

 すると、相手の方はコロッと態度を変えてきた。

 そうすれば、後はこっちのものである。

 栗栖が困った様な声を出すと、沙織が最後にこう言った。


 『ねぇ、そっちに行ってもいい?』


 後はトントン拍子で話が進み、以前に使ったアンティークショップ『マーロン』で待ち合わせしたのだ。

 そして暗闇の中で、栗栖の姿を探していた沙織を後ろから、クロロホルムを嗅がせて気絶をさせた。

 (最後の仕上げは、証拠物件を残して、と)

 沙織の指から、ピンクゴールドの指輪を抜いて床に落とす。

 気絶をした沙織を背負い、栗栖は『マーロン』を後にした。


 それが、犬居が『マーロン』に突撃する数時間前の話のことだ。

 まさかこの指輪が、のちの誘拐事件に発展するとは、この時の犬居には知る由もない。



 「今は?」

 「目が覚めたから、今はガムテとロープで体を縛ってる。沙織のヤツ、今だに信じられないって顔してたけど」

 久保田は、次の計画に入る前に栗栖に苦言を呈した。

 「しかし、孫娘を脅しのタネに使うのは、俺は好かん。幾つもの前歴を持つ《麗華》を捕まえる方が妥当だ」

 「何を今更!俺たちには、後が残されてないんだぜ。好きキライは言ってられないさ」

 栗栖は、苦虫を噛み潰しながら喋る。

 「まぁ、見ときなよ。ヤツらがどういう行動に移すか、見物だな」

 栗栖はそう言うと、沙織の鞄からスマートフォンを取り出し、恭介の携帯番号に繋げた。

 

 ‥‥‥その時、古賀恭介は妻の麗華と、沙織から電話が掛かってくるのを待っていた。


 ピリリリィ‥‥ピリリリリィィ‥‥‥!


 ‥‥‥暫くして静かだった応接間から、けたたましく恭介の携帯の着信音が鳴る。

 「着信は、沙織からだ!」

 恭介は、喜んで自分の携帯を手にするが、この喜びがヌカ喜びで終わることを知る。

 『残念でした〜。沙織じゃ、ありません。さぁ、僕は一体だれでしょうか?』

 それは《木下涼介》こと、栗栖要からだった。


 「何を言ってるんだ、お前は栗栖要だろう。冗談は、休み休み言え!」

 恭介は、大きな声で威嚇するが相手は怯む様子はなく、声質も何ら変わりなかった。

 『‥‥‥古賀さん、仕事の話をしようか?』

 眉をピクリと上げ、恭介は言った。

 それは、なんのマネだ?と‥‥‥

 すると、返ってきた答えは予想通りの返答であった。

 『ウチの狙いは、古賀議員の失脚だ。その為には、手段は選ばない』

 言葉の意味は分かるだろ?と話を続ける。

 「ひどい遜色だ。娘を盾にするなんて」

 電話の向こうでは、笑いを噛み殺す声が聞こえてきた。

 『何とでも言えよ。負け犬の遠吠えにしか聞えないぜ』

 最後に栗栖は、恭介にある言葉を投げかけた。

 『早く、こっちに来いよ。携帯に付いてるGPSで沙織のケータイ探せるだろ?』

 

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