表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
綺羅  作者: 飛来颯
1/17

面影

 この作品は、一人の男が織りなす戯曲を描いております。

 その男に惑わされる者たちに、そして翻弄される者たち。

 それぞれの話が交差していきます。

 本来なら、交わることのない事柄が一つにまとまると、新たな不幸の始まりになります。

 時計の針は、午後二時を少し廻った所。相変わらずスクランブル交差点は、忙しなく歩く人間でごった返していた。

 急ぎ足で歩くスーツ姿のサラリーマンはこれから営業先へと、向かっているのだろう。

 その少し先の歩道では、買い物袋を下げた母親が子供の手をとって仲良く歩いている。子供がどもりながらも懸命に母親に話しかけている。母親は少し腰を屈め、優しい眼差しで我が子を見つめている。

 恭介は、時計台の建っている公園で娘を待っていた。正直、待つのは好きじゃない。

 だが今日は妻の誕生日で、大学生の娘がプレゼント選びを手伝って欲しい。と言ってきた。

 大方、見当がつく。

 それを口実に恋人を紹介するつもりであろうこと。でなければ、こんな時間帯から年頃の娘が、父親と買い物に行かないだろう。

 それとなく、紗織に恋人が出来たみたい。

と、妻がぼやいてたのを思い出した。

 正直、大学生の娘が恋人の一人や二人居たからって、不思議じゃない。

 だが、父親としては、少なからずも複雑な気分にさせられる。

 何せ、妻の父親は衆議院議員を二期務める代議士さまだ。

 可愛いい孫娘のいう事だから、頼まれたら首をすぐ縦に振り、第二か第三秘書くらいの席はすぐに用意するだろう。

 しかし、どこの出自かも分からない男を簡単にこの世界に入らすのはいかがなものだろう?義父のただのお抱え運転手である恭介が何か言える立場ではないが。

 本心としては、どこか良家のご子息との縁談があればいいものの。ただでさえ婿養子で肩身が狭いのに、これ以上は神経を尖らせたくなかった。

 

 「パパ!遅れてごめんね。講義で時間が遅くなっちゃった」

 明るい娘の声に振り返ると、予想通り男連れだ。

 娘の好みがどんなものかと盗み見た恭介は一瞬、男の顔を見て言葉を失う。

 「パパ、どうしたの。顔色が悪いよ」

 娘が心配そうに顔を覗き込む。


 ‥‥‥予想通りの展開であることは、目の前のビジョンが証明してくれる。娘の好きな顔ということも。

 だが、恭介の視線は彼の顔を見るやいなや釘付けとなり、視界がグラッと反転したかのように揺らいで見えた。


 ‥‥‥もし、それに最適な言葉を付け加えるなら《生き地獄》というのが正しいかもしれない。もしくは娘とは血が繋がらないがらも異性の好みが似てしまったということなのか?

 

 ‥‥‥恭介は出ない言葉を懸命に発しようとしていた。頭がグラグラと回っている気がする。あってはいけないことだ。

 

 たが押し寄せる胸騒ぎは、今は遠き愛おしい者の幻影を視せる。

 捕らわれた視界は、振り返る事の出来ない過去を未来ある栄光へと、導いてくれるのだろうか?

 順調にいっていた人生計画は、ガッチリと嵌まっていた歯車が車軸からガラガラと音を立てて外れ、滑り落ちてく様が垣間見える様だ。


 静かに青年を観察する。しっかりとした目元は切れ長で、人懐っこそうな印象が持たれる。鼻筋はスッと通っており、少しふっくらとした唇は口角が上がり気味で、一見穏やかな優男に見えた。

 その一方で、わだかまりだけが上長していく。

 だが、彼は見てしまった。青年の首元にぶら下がっている、少し錆びた4つ葉のクローバーのネックレスを。

 恭介は心の中で叫んだ。あの時、東京湾に沈められた筈だ!と。

 けれどもし‥‥それが、生きてたのなら沙織と年が変わらない筈になっている。

 「初めまして、木下涼介です。お父さん」

 「‥‥‥‥!!」 

 恭介は肝の底から冷え上がっていくのが分かる。まさか、その顔でその唇で紡がれるなんて思いもよらなかった。

 考えるだけで、まるで幽霊と話してるかの様なおぞましい錯覚に陥る。

 それは、にこやかながらも凶器じみた表情は、恭介の記憶に深く刻み込まれ、とうに捨てた過去を思い出させた。

 (留美子‥‥‥!)

 

 ‥‥‥それは遡ること二十年前。恭介が古賀家に入り婿に入る前の話だ。

 当時、恭介には本田留美子という名の女性と付き合っていた。

 美しい女であった。切れ長の瞳にふっくらとした唇。肌は透き通るよいに白く、服のセンスも化粧の仕方も全て男好みで、自分のステータスが上がり、一種のブランド品を持ち歩いているかのように感じさせられた。

 ただし、連れて歩くにはという事だが、一緒に暮らすには少々クセが強かったかも知れない。

 当時、恭介は個人の新ブランドを会社を起ち上げようと、躍起になっていた。

 時はバブルがとうに弾け、恭介も事業を一つ失敗したばかりだった。

 それに対して父親の曽根権造は、三代続く老舗の呉服店の《曽根屋》から事業を広め、食料品から衣料品、タンスやベッドに至るまで、ここにくれば揃わない物はまずない、と言われる曽根百貨店の社長を務めている。

 一代で、小さかった店から百貨店にまで築き上げた父親からは、いつも会社を起ち上げては潰すを繰り返す恭介と顔を合わす度に苦虫を潰し、嫌味の一つや二つを投げつけていたが、その日は違った。

 いつも仏頂面の父が、にこやかに手招きする。お前もやっと父の役に立つのか。と‥‥

 そういうと、一冊の週刊誌を手渡す。

 まだ発売されたものではなく、発売日も何日か後のものであった。

 ‥‥その雑誌の見出しには、こう大々的に書かれている。《稀代の悪女現る。大物司会者の妻に嫌がらせ!ストーカー行為の上に全治三ヶ月の大怪我を負わす》と。

 その中身は、顔にモザイクの掛けられて写るミニワンピにヒール付きサンダルという簡素な格好の女性が、隣の男性の腕を組んでいる写真で男性はモザイクなしで写っていた。いかにも不倫現場という場所で。

 「この写真が?」さほど、気にする風でなく父に渡された本を返す。

 「これは古賀グループ、会長の御息女の麗華さんだ」

 「え‥‥‥?」

 古賀グループとは、江戸時代から続く曽根家と同じ呉服問屋を営んでいたのだが、どちらかというと古賀氏は店よりも不動産業に力を入れ、曽根家とは互いがライバル視というよりも格下にみられていたから、どちらかというと古賀グループは目の上のタンコブだった。

 だが、ここにきて嬉しい誤算が起きた。それが週刊誌の女性というわけだが、確か古賀氏には娘はいない筈だが?

 「それは妾腹の娘だからだ」

 父の話はこうだ。古賀グループ社長の古賀氏は、地元有力者の娘と結婚したが政略結婚であった為、夫婦関係は良くなかった。

 元々、女癖が悪かった彼は、色んな水商売の女を囲ってきた。

 その女性たちの仲で、一番相性が良かったのが、写真の女性の母親だ。

 古賀氏は娘が出来ると、最初は渋々認知をしたのだという。

 だが、それもここ数年で変わってきたというのだが、その理由が前妻の急死だ。

 死因が心筋梗塞だということなのだが。不思議なことにそれ以上の説明はなかっとのこと。裏で何があったかは当人しか分からないことらしい。

 それはさて置き、晴れて後妻の座を射止めた愛人なのだが、それまで放っていた娘の素行の悪さが表立ってしまたというわけだが、まさかこんなとこで古賀グループのイメージを損なわす訳にはいかなかった。

 そこに目を付けたのが曽根権造だった。


 最初に接触をしてきたのは古賀氏だ。

 その時今までの心労がたたったのか、少しやつれてたという。

 かねてから政界入りを目論んでいた古賀氏は、ここで出鼻をくじかれたくなかった。

 そこで顔見知りで、マスコミにも顔が効く曽根氏に相談をしに来た、ということだ。

 《記事の揉み消しと、買収について》

 それを聞いた曽根氏は、条件付きで二つ返事を返した。

 それはここ数年、一向に業績が振るわない曽根百貨店が古賀グループに吸収という形の合併をするという意味だが。

 株や投資で儲けた金で、銀座の一等地を借りられたが、先のバブル崩壊で投資先の会社が潰れ、殆どの株の証書は紙クズと化してしまった曽根氏と。

 娘の所業で、まんまとマスコミの妨害工作に嵌まってしまい、困り果てていた古賀氏。

 二人の利害が一致した時、ある一つの答えが導き出された。

 それは、金と圧力で記事をなかったことにし、他の記事を差し込むのだ。

 幸いにも飯のタネになりそうな事柄は掃いて捨てる程ある。

 今回に関して、古賀氏にとってはメリットが全くなく、災難としか言いようがない出来事だったが、曽根氏にとっては最大のチャンスとなった。

 何せ、一度傾きかけた事業が、一気に持ち直せることとなったのだから。


 「まぁ、保険というわけではないが。恭介を古賀の養子に出すことに決めた」

 挙式は来月な。父親は満足そうにハバナ産の葉巻に火を点ける。

 「俺に選択肢はないのか?」

 あまりの展開に度肝が抜かれた。話が急すぎて、うまく呑み込めない。喉がカラカラに渇いてく。

 「お前に選択権などないし、それに時間がない。結納して籍を早く入れとかないと、産まれてしまう」

 は?意味が分からない。なぜ、あったこともない女との婚姻を急かされる上に、誰の子供なんだ?父親に問いただしても、そんなのは関係ない。との一点張りで、最後に恭介に釘を刺す。

 身辺はキレイにしとけよ、と。


 恭介は、その帰り道。意味が分からないまま、ふらつく足元を正して家路につく。

 付き合っている留美子とは、まだ本格的に同棲はしてないが、落着いたら結婚したいと言っていた。

 正直、彼女との結婚は乗り気じゃなく、気性が荒すぎて別れたいとは正直言えなかったが、無下にも出来なかった。

 だが、今回のことで自分の腹を据えることにした。もう俺には後がないのだ。どんどん膨らむ負債額も、生っちろい人生もここで全て捨てなくては‥‥別に愛も何もないんだから。そう軽い気持ちでいたのだが‥‥‥ 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ