全国大会
翌日の日曜日、まだ家族が寝静まっている朝早くから家を出た。
昨日、龍之介のことを綾香に話して良かったと思う。
まだ割りきれないところはあるが、それでもいくらかマシだった。
きっと話してなかったら今頃は悶々とした心になっていただろう。
とにかく今日は大会だけに専念しようと「よし」と自分に喝を入れる。
家を出ると荷物を背負い直して駅の方角に体を向けた、そのとき。
「春ちゃんっ」
「・・楓太!」
隣近所にある楓太の家は春奈のいるところからよく分かり、
自分の窓から身を乗り出して手を振る楓太が見えた。
さっきまで寝ていたのかスウェット姿で寝癖も酷い。
きっと「愛でる会」のみんななら喜ぶようなオフショットが撮れる。
そんなことを考えるあたり春奈も人のことは言えない。
楓太は起きたばかりなのに満面の笑みで春奈に話しかける。
「大会頑張ってね」
「ありがとう」
「勝つ?」
心配そうに首を傾げる。
あぁ、昨日の私はこんな顔だったのかもしれない、と感じた。
そう思うとまた胸のあたりが痛んだが、それを振り切るように
楓太に向かって大きくガッツポーズをしてみせる。
「あったりまえでしょ。楽勝よ」
春奈の答えに満足そうに楓太が頷くのを確認すると
もう1度「よし」と気合を入れ直して大会会場に向かった。
当たり前というと傲慢だと感じるかもしれないが、
春奈は特に苦戦も強いられることもなく難なく優勝出来た。
前の龍之介と同じで春奈も挫折を知らない。
それが今の春奈にとっては複雑だった。龍之介の気持ちが理解出来ないから。
だから、ついお爺ちゃんに言ってしまう。
「いつか負けるときが来るのかな。
そしたら、私も龍之介みたいになっちゃうんだろうか?」
その問いかけにお爺ちゃんは「阿呆か」と言う。
「春奈はいっつもお爺ちゃんにも龍之介にも負けてんだろうが」
「それは違うじゃん。・・女子には負けたことないもん」
「何が違うんだ。負けてる時点で春奈も龍之介と一緒だ。
龍之介は深く考えてしまってるからいけない。
本当にあいつは繊細というかナイーブというか・・。
風坂に負ける以前に龍之介はお爺ちゃんに勝ったことないだろう。
なのに、風坂に負けて全て終わったみたいな顔してるのはメンタルが弱い。
世代とか性別とか地域とか関係ない。負けは負けなのに。
・・自分より強い人が当たり前なのに小さい世界に捕らわれてる。
そこで駄目だとか、負けだとかいう諦め自体がおかしい。
大切なのはそこからだろう?」
要するに昨日の綾香と同じことをお爺ちゃんは言った。
でもその後、お爺ちゃんが意味深な発言をする。
「でも、大丈夫。春奈が思ってるほど龍之介は弱くないし
あれはあれで色々と思うところがあるんだ。
だから、人の心配なんてするな。自分だけ見つめろ」
「何よ、龍之介の思うところって」
怪訝そうに聞き返すと、本当は言うつもりはなかったらしく
口を滑らしてしまったようで半ば面倒くさそうに返された。
「龍之介は春奈の考えてることとは別に
またなにか考えてることがあるってことだ」
「だからなに?」
「春奈、龍之介の憧れてる人って知ってるか?」
「お爺ちゃんじゃないの?」
「違う。それが分かったら春奈も龍之介のことが理解出来るだろう」
それ以上食い下がってもお爺ちゃんは曖昧にしそうなので
春奈は諦めて昼食を食べることにする。
大会は午前と午後の2部制で女子は午前だ。
午後の男子の試合には龍之介はもちろん風坂も出るので
さっさと昼食を済ませなければいけない。
昼食を食べれる場所は限られてるので、
あらかじめコンビニで買っといた軽食を持ち移動していた。
だから、きゃーという黄色い悲鳴が聞こえたとき何事かと思った。
しかも悲鳴はおさまるどころか大きさを増している。
気になるので昼食は後回しにして原因となる場所に向かった。
人だかりが出来ていて最初は何か理解出来なかったが、
端々から「風坂くん」という声が聞こえるので中心となってる人物は
あの風坂で間違いないだろう。
前回優勝、また今回は予選を特別待遇でパスしてるときたら
天才というレッテルがついて周りが騒ぐのも無理はない。
でもまぁ、予選大会は人数の問題で主催側も泣く泣くの判断だったろうに。
いまは休憩時なので大丈夫だが、試合始まってからもこんなにうるさいと
最悪の場合は判定に関わる。非常識だな、と顔をしかめた。
しかし関わると面倒くさそうなので立ち去ろうと思った。
もし本当に迷惑ならスタッフの誰かが止めに入るだろうし。
でも、その考えはすぐに消えた。
ちらりと見えた風坂が面を被っていたからだ。
時計を慌てて確認すると午後1時まであと15分くらい。
確か午後の男子の部って1時から開始だから、と思った次には声を荒げて怒鳴っていた。
「ちょっと試合遅れたら判定負けになんのよっ!どきなさい、邪魔っ!!」
犬を追い払う仕草をしながら、周りにたかっている女子どもの間を割って入る。
最初は怪訝そうな顔していたが、まだ袴姿の春奈の「酒井」という文字に気付くと
慌てたように下がる。どうやら春奈の名前もそこそこは有名らしい。
小さな声で「怖い」だの「優勝して調子乗ってんのよ」だの勝手なことを言われながらも
中心にいた風坂にどうにか辿りついた。
面をしているので顔は見えないが呆けているのが分かる。
「あんた第1試合じゃないの、急げばっ!?」
春奈の言葉に我に返ったようで、風坂は「ありがとう」という片手を上げる
ジェスチャーをして首を少し下げる。
そして、やはり急いでいたのかダッシュで階段を下がっていった。
まだコソコソ言ってる女子たちを鋭く睨みつけてから
春奈はようやく昼食の存在を思い出す。
でも、どうせなら風坂の試合は見てみたいので諦め観客席の方へ向かった。
圧巻だった。スピードの速さが全然違うし形も綺麗に決まっていて
春奈の見る限り文句のつけようのないものだ。
そしてなにより、春奈を含め見ている者が魅せられる。
さっきは状況が状況だったので話すことは出来なかったが
次会ったとき話してみたいと思うのは周りにいたミーハーな女子たちと
同じになるのだろうか?でも話したいと感じた。
試合はトーナメント戦で風坂はもちろん龍之介も着々と進めていき、
とうとうベスト4を決めるところで勝ちあってしまう。
お爺ちゃんのよく意味の分からない言葉を思い出しながら
龍之介が何を考えているのか想像してみるが分からない。
試合が始まる前、龍之介が風坂に話しかけているのを見た。
距離があるので何を話しているのか聞こえないが、
きっと「頑張ろう」とかそんな言葉だろう。
しかし、試合の方はこの前よりは健闘していたが身内の贔屓目に見ても、
圧倒的な力の差が目立ち龍之介は言っていたとおりそこで敗退した。
でも、終わったあと今度は風坂が龍之介に近づき何か言葉を交わして
握手をしているのが見受けられた。
こうして今年の全国大会は終わった。