告白
3日後、月曜日の放課後、部活の前に顧問の先生に呼ばれた。
呼ばれたのは、全国大会の件で先日行われた予選大会を突破した香織と龍之介だけだ。
相変わらず、前日にお腹を壊した楓太は大会すら出ることはなかった。
呼び出しの帰り道、連絡事項の紙を見ながら龍之介が感慨深そうに呟く。
「早いな、もう明日か。全国大会」
「そうね。燃えるわ、次も1位よっ!」
その言葉に龍之介は笑って返してくる。
きっと風坂に会う前の去年なら「俺も優勝する」と言ったはずだ。
どれだけ風坂に心を折られたのか伝わってくる。そして同時に、
そんなことで傷ついてしまう自分に腹が立つ。
「で、風坂には会ったの?」
「いや、なんか人数的な調節で前回1位の奴は予選大会免除だったみたいだ」
「特別扱いなのね、腹立つわ」
「いや妥当だろ。実際、実力あるわけだしな」
「あんたね、ホントやる前からそんなん言ってると殴るわよ」
「・・悪い。でも、俺は春奈の期待には応えられない」
はっとして龍之介の顔を見る。龍之介も足を止めて春奈を見てた。
今、自分の顔はどんなに情けないのだろう。恰好悪い。
ここで「だよね」と笑って返せたらいいのに。でも春奈にそれは出来ない。
「ごめん、押し付けてたように聞こえた?」
「そういうわけじゃ」
「2回もそんなセリフ吐くんじゃないわよ、バカッ」
その後の龍之介の声は聞こえなかった。
空気に耐えきれず逃げるように走ったからだ。
部活の間は出来るだけ龍之介と顔を合わせないように過ごし、
必死に明日のことを考えて自分を保っていたが、
家の近くで偶然、出会った綾香に「どうしたの?」と声を掛けられたとき
自分はすでに泣いていたんだと気付いた。
しばらくして、やっと落ち着いて綾香に「龍之介?」と聞かれドキッとする。
何で分かったの、と。それを見透かれされたにか綾香が寂しい顔をして言う。
「龍之介がタイプなの?って聞いたよね、この前。
そのとき、春奈ちゃん変な顔してたよ。それに話逸らしたでしょ。
分かりやすいのよ、馬鹿ね。でも言いたくなさそうだったし放っておいた」
「バレてたんですね。綾香さんには敵わないな、ホント」
「で、何あったの?」
「ははっ、振られたんですよね・・」
高校1年生、まだ風坂には会う前の話。
全国大会を前に春奈はもちろん龍之介も勝つ気満々だった。
だから、その数週間前に「優勝したら付き合おうよ」と冗談口調で言ったが、
すごい本気だったから内心はめちゃくちゃドキドキしてた。
でも、龍之介は笑いながら「おぅ、じゃあ大会終わったらな!」と返してくれた。
結果、龍之介はベスト8に終わる。
龍之介はもちろん綾香も最初は何が起こったのか分からなかった。
囲の中の蛙というわけではないと思う。実際に龍之介は、
中学生までは負け知らずだったから。それに、風坂なんて名前も知らなかった。
高校生になって急に現れた壁は乗り越えるには大きすぎた。
挫折を知らなかったこともあって龍之介は数日元気がなかった。
春奈もショックだったが、すぐに元に戻ると信じていた。
でも、それはなかった。剣道は辞めなかったし練習もしてたけど、
そのどこかには風坂の影がチラついて・・。
龍之介は諦めたような口調が多くなりそれは今日まで同じで。
「ごめん、優勝とか出来ない。どうせ良くて2位止まりだ。
春奈は強い奴が好きなんだろ?俺、その期待に応えられないわ」
それが返事だ。春奈の告白に対しての。
悔しくて泣いた。それが何に対しての悔しいかは分からない。
龍之介の諦めた姿勢が?
風坂の大きすぎる壁が?
告白に「優勝」なんて条件をつけたことか?
それとも、期待してた自分に対してか?
いろいろ考えて、龍之介が好きだったのか
龍之介が剣道が強いから好きだったのか分からなくなってた。
でも、未だに龍之介に諦めてほしくないのは
やっぱり自分は龍之介の剣道しか見てなかったということだ。
だから春奈は「風坂」という存在に逃げた。
そこまで聞いていた綾香は春奈の背中をさすりながら言う。
「挫折知らないもんね、龍は。
どんだけ相手が強かろうと1回負けたくらいで
メソメソしてんならあいつはやっぱ弱いよ。
そんな奴に春奈ちゃんは守れないかもねぇ」
「そーですよね、やっぱ風坂ですね。ははっ」
強がりに聞こえただろうか?でも綾香は優しく微笑んで
何も言わなかった。自分がどうしたいのかよく分からない。
暗くなってきた空を見上げて「引きとめてすみません」と綾香に別れを告げた。
綾香は春奈の背中を見送ってから口を開いた。
「で、あんたはどうしたいの。立ち聞きの龍くん?」
「バレてたのか」
龍之介が気まずそうに塀の後ろから出てきた。
「趣味悪いわよ」
「仕方ねぇだろ、出るタイミング見失ったんだよ。
家帰ろうにも家の前で話してんだから。」
「・・でも、努力してんでしょー。最近ずっと道場だもんね」
「ん、あぁ。でも勝てるつもりはない」
「諦め?」
「違ぇよ。風坂には勝てないんだ」
「は、どういう意味よ」
「守りたい奴がいる風坂は強いって意味だよ」
「なになに。お姉ちゃん、アンタの言葉が理解不能なんですけど」
「いいだろ、放っておけよ。俺の春奈への気持ちが弱かっただけだ」
「はぁ?」
まだ色々聞きたそうな綾香を押し切って龍之介は家に入った。