そして雨が降る 前編
短編ですがあえて2つに分けました。後半は別の人物の話です。
住宅街の一番端の住宅は廃墟になっていた。その廃墟はある理由で有名であった。
そこは心霊スポットという理由で有名なわけではなかった。
いつからその建物が建っているのか誰も知らないがいつの間にかそのロアは広がっていた。
信じるか信じないかは本人の自由。なぜか中高生の女子に信奉者は多かった。
願いが叶う部屋。そういう場所がこの廃墟の中にあったのだ。
その資格を持つものが部屋に入り願いを思うときそれは成就される。
その資格とは。どうやってそれは審査されるのか。それを知らなければその部屋に行く意味がなかった。誰がそのことを知っているのか。皆がそれを知りたがったが身近に知るものを見つけ出せずにいた。
知っていたとしても人に教える気がなければ知らないと言い張る人間もいたのだが、それは知りようがなかった。
念願成就にはある選択がなされていたのだ。それはある人間たちによってなされていた。
審査員がいた。彼はただの人間である。
三年前に審査員になった。
三年前の夕暮れ時、人によっては逢魔が時と呼ぶ時間帯に彼は廃墟の近くを歩いていた。
彼はバイトを終え帰宅の途中だったのだ。
誰かに呼ばれた気がした。その声は耳ではなく頭に直接聞こえてきたのだ。
それは音の声と言うよりは振動する情報という知覚をした。空気を伝わる文字情報みたいな伝達がなされたのだ。
それはこっちへこい。来ないとひどい目に合わすぞ、という高圧的なものであった。
彼は恐怖した。根拠のない恐怖心であったが従わなければそれは実行されるという確信はあった。だから恐怖したのだ。従わざるを得なかった。
廃墟とは二階建ての一般家屋である。外見は木造作り。外壁材の塗料は全体的にはげ落ちて白っぽくなっていたが元の茶色もわずかに残っていた。不思議な事に窓ガラスは割られていなかったしスプレーによる落書きもなかった。庭は背の高い雑草によって足の踏み入れるところもなかったが、なぜか荒らされた気配は全くなかった。
人が住んでいるかもしれない生活感がなぜか感じられる廃墟であった。
ドアを開けるとなるほど廃墟だった。土足で上に上がり奥へ入っていくため泥の足跡がくっきり廊下に残っていた。幾つもである。
さすがに電気はつかなかった。黄昏時の薄暗い屋内に入るのはかなり躊躇われた。しかし声に急かされて土足で入っていった。
目的地は一階の一番奥の部屋。そこは六畳の和室である。間取りからの推測では夫婦の寝室というところか。二階には子供部屋というところだろう。
彼はそこで審査員に選ばれた。理由は誠実そうに見えるということだ。そんなことがわかるとは。
彼の価値観でここへ導く人間を選別して欲しいということだった。
選択の余地は最初からなかった。ここへきた時点で声の主に従う事を容認したのである。
彼は願いを叶えたい人間と出会うときにここへ導く事を約束した。
それはすでに彼に応えていたのだ。 (続く)
アンドレイ・タルコフスキーの「ストーカー」という映画を知っている方ならネタバレです。たぶん雨が振ります。